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「心の一新(8)主のことばを聞く」
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2013年7月15日放映「世を愛された神」
http://japan.cgntv.net/_inc/player.asp?pid=2384&type=vod&player=8&bit=high&vid=62069&dreamon=Y
「心の一新(8)主のことばを聞く」
甲斐慎一郎
ローマ人への手紙、10章17節
一、主のことばを聞くことのききん
ききんは、人の生命を支える食物や飲物を欠乏させるものですか
ら、人を死に至らせる恐ろしいものです。イスラエルには、ききん
が多く(創世記12章10節、26章1節、43章1節、ルツ記1章
1節)、イスラエル人は、その恐ろしさをよく知っていました。
アモスは、この「ききん」ということばを巧みに用いて、人の霊
的な生命を支える食物や飲物である「主のことば」を聞くことがで
きず、人を死に至らせる恐ろしい神の審判のことを「主のことばを
聞くことのききん」(アモス8章11節)と言って、預言しました。
エリがさばきつかさとして治めていた頃は、「主のことばはまれ
にしかなく、幻も示され」ず(第一サムエル3章1節)、また「主
が正しいと見られること」(申命記12章25節)ではなく、「めい
めいが自分の目に正しいと見えることを行っていた」ので(士師記
17章記6節、21章25節)、読むに耐えないような醜悪で残虐な
出来事が詳細に記されている士師記の17章から21章は、まさに
「主のことばを聞くことのききん」の時代でした。
二、主のことばを聞くことの大切さ
聖書は、主のことばがどれほど大切であるかについて繰り返し
教えています。
1.すべてのものは、神のことばによって造られました(創世記
1章3、6、9、11、14、24節、詩篇33篇9節、)。
2.神が創造された以外のすべてのものも、人の心から出たこと
ばによって造られます。
ことばのない人間以外の動物は、ただ生きていくための営みをし
ているに過ぎず、何かを生み出すことはできません。
3.人の心は、ことばがなければ死にます。
人の心は、ことばによって生きているのであり、ことばがなけれ
ば死にます。
4.「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一
つのことばによる」のです(マタイ4章4節)。
人は、神のことばを信じなければ、その心は神の前に死んでいる
のであり、神のことばを信じる時にのみ、人の心は生き返り、生き
続けることができるのです。
5.「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについ
てのみことばによるのです」(ローマ10章17節)。
私たちは、主のことばを聞くことによってのみ真の信仰を持つこ
とができるのです。
三、主のことばを聞くことの祝福
ペテロは、五旬節の日に聖霊に満たされ、聖霊の降臨は、「神は
言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、
あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る」
(使徒2章17節)というヨエルの預言の成就であると説教しました。
「幻」や「夢」とは何でしょうか。
1.「主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった」(第
一サムエル3章1節)。
2.「主であるわたしは、幻の中でその者にわたしを知らせ、夢
の中でその者に語る」(民数12章6節)。
3.「アモツの子イザヤの幻」(イザヤ1章1節)。
4.「幻がなければ、民はほしいままにふるまう」(箴言29章
18節、文語訳は黙示すなわち啓示、口語訳は預言)。
以上の言葉から、「幻」や「夢」は神の啓示、すなわち神のこと
ばのことです。
イエスが真の神でありながら真の人としてこの世にお生まれにな
ったのは、十字架の死と復活によって「罪のきよめを成し遂げて...
...大能者の右の座に着かれ」るためでしたが(ヘブル1章3節)、
それは、すべての人に聖霊を注がれるためでした(使徒2章33節)。
ペテロが御霊に満たされて聖書の真理がわかったように、私たち
は、聖霊に満たされることによって神のことばの真理がほんとうの
意味においてわかるようになるだけでなく、神と人の前で正しく、
聖く、愛に満ちた生涯、すなわち主のみこころにかなった生涯を送
ることができます。ですから聖霊に満たされることは、主のことば
に満たされ、その主のことばによって生きることなのです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集