東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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2013.09.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類

「心の一新(9)幼子のような心」

インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。以下のURLをクリックすると見ることができます。
2013年7月24日放映「神の恥と人の恥」

http://japan.cgntv.net/_inc/player.asp?pid=2384&type=vod&player=8&bit=high&vid=62199&dreamon=Y

  • 130707人間を構成する三つの要素.jpg


「心の一新(9)幼子のような心」
                       甲斐慎一郎                 
               マタイの福音書、18章1~6節

  「真に偉大な人とは、おとなの経験と、子どものような単純で甘
美な心をもった人である」と言った人がいます。これは醜いおとな
の世界の中で、いつのまにか幼子のような心を失ってしまった私た
ちにとって、何と考えさせることばではないでしょうか。

  主は、幼子たちを呼び寄せて、「天の御国はこのような者たちの
国なのです」と言われただけでなく(19章14節)、「あなたがた
も悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国に
は、入れません」と語られました(3節)。これは、どのようなこ
とを意味しているのでしょうか。

一、幼子のような心の特徴

  幼子は、どんなに無邪気であっても、神でもなければ天使でもな
いことは、言うまでもありません。まして人類の堕落以後は、幼子
といえども罪を持って生まれるために、様々な悪い心があることは
衆知の事実です。

  しかしここで「悔い改めて子どもたちのようにならない限り」と
言われているのは、幼子の心に代表される「単純な心」のことです。
それでは「単純な心」とは、どのような心でしょうか。これは、マ
タイの福音書6章22節に記されている「健全」(原語は単純)とい
うことで、三つのことを意味しています。

第一は、純粋で、二心ではないことです。
 これは透明で、澄んでおり、曇りのない心を持つことで、良いも
のは良い、悪いものは悪いとはっきりと識別し、判断することです。

第二は、素朴で、飾り気がないことです。
 これはありのままで、少しも繕わない心を持つことで、良く見せ
かけること(偽善)も悪く見せかけること(偽悪)もないことです。

第三は、素直で、頑なではないことです。
 これは意地や強情を張らず、教えられやすい心を持つことで、良
いものは受け入れて信頼し、悪いものは拒絶することです。

二、おとなの心の特徴

 これに対しておとなの心は、どのようなものでしょうか。それは
幼子のような心とは全く反対の単純さを失ってしまった心です。

1.第一は、純粋さがなく、二心です。
2.第二は、素朴さがなく、繕う心です。
3.第三は、素直さがなく、頑固な心です。

  私たちがおとなになるにつれて幼子のような心を失ってしまうの
は、単純な心では、互いにだましたり、だまされたりしている醜い
おとなの世界では到底生きていくことはできず、初めは不本意なが
らも、ついには承知で世の汚れに染まってしまうからです。

 このようになってしまう根本的な原因は何でしょうか。それは、
私たちを決して裏切ることのない真実と愛に満ちた神とその世界を
信じないで、私たちを欺いて懐疑的にさせる罪深い人間とその世界
しか知らないからです。

三、幼子のような心を取り戻す秘訣

  それでは、どのようにすれば、幼子のような心を取り戻すことが
できるのでしょうか。

第一は、「子どものように、自分を低くする」謙遜です(4節)。
これは、神を「離れては、......何もすることができない」という無
力感や(ヨハネ15章5節)、「心の貧しさ」を表しています(マ
タイ5章3節)。

第二は、「乳離れした子のように」神「の前に」いる信頼です
(詩篇131篇2節)。神の前における無力感を自覚した者は、単
純に神に信頼するしかありません。

第三は、「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」
(ヨブ1章21節)とあるように、相反するものであっても、それが
神からのものであるなら、一つのものとして受け入れる受容です。
それは、「主よ、飲むべき わがさかずき 選びとりて さずけた
まえ 喜びをも 悲しみをも 満たしたもう ままにぞ受けん」と
いう賛美歌の歌詞によく表れています(285番3節)。私たちは、
へりくだって心から神に信頼するなら、神が与えてくださる喜びだ
けでなく、悲しみや苦しみをも受け入れることができます。

  これこそ、幼子のような心を取り戻す秘訣です。

次回は、「心の一新(10)大人としての知恵」です。

甲斐慎一郎の著書 → 説教集

東京フリーメソジスト昭島キリスト教会






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Last updated  2013.09.08 00:00:14
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