東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2016.01.24
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「神を求める道」   2016年1月25日

インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network 
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。2013年7月15日放映「 世を愛された神 」
160124神の悔いと人の悔い.jpg
「神を求める道」
            甲斐慎一郎
                        歴代誌、第一、13章

  何事も純粋な気持ちで熱心にすることは非常に大切なことです。
このような人は、人々を引き付ける魅力があります。しかし聖書は、
動機の純粋さや熱心さとともに方法や手段の大切さを教えています。
このことを「ウザ撃ちの事件」から学んでみましょう。 
        
一、ウザ撃ちの事件の警告         
 ダビデは、すべての隊長と合議し、イスラエルの全集団の賛同を
得たので、神の箱をキルヤテ・エアリムからエルサレに運ぶために
全イスラエルを召集しました(第一歴代誌13章1~5節)。  
 民数記の四章15節には、神の箱を運ぶための方法が三つ記されて
います    
▽肩に担って運ばなければならない   
▽ケハテ族のレビ人が運ばなければならない 
▽聖なるものに触れて死んではならない  
  ところがダビデは、神の箱を新しい車に載せ、ケハテ族ではない
ウザとアフヨがその車を御し、しかもウザは、牛が神の箱をひっく
り返しそうになったとはいえ、手を伸ばして、箱を押えました。彼
は、聖なる神の箱に触れたので、神に打たれて死にました。「ウザ
は、神の教会に危険が迫ると思い、真心から出たことであっても、
きよめられていない手によってこれを直そうとする人々を代表して
います」(A・イーダーシャイム)。
 主が怒りを発せられたので、ダビデの心は激しく動揺し、主を恐
れて、主の箱をエルサレムに移すことを好まず、ガテ人オベデ・エ
ドムの家に回しました(第二サムエル6章8~10節)。

二、動機の純粋さの必要
  ダビデは、まだ少年の時、王となるために神に選ばれ、サムエル
に油を注がれました。しかし彼が実際に王となったのは、30歳の
時でした。それまでの十数年間、彼はサウル王に憎まれたために、
いのちを狙われ、何度も何度も殺されそうになりましたが、その度
に神の御手によって救われ、守られて来ました。このような数々の
辛苦に耐えて王となったダビデは、ここまで導いてくださった神を
忘れることなく、感謝と喜びに溢れて、神の箱を運び上らせようと
しました。彼の意図は正しく、その動機は純粋でした。私たちも、
このような心を決して失ってはなりません。

三、方法の正しさの必要
 確かに神の箱を運び上らせようとしたダビデの意図は正しく、そ
の動機は純粋でした。しかし彼は、「この方(神)を定めのとおり
に求め」ず(第一歴代誌15章13節)、その方法が間違っていたの
で(民数記4章15節)、ウザは神に打たれて死に、喜びの行列は一
瞬にして恐怖と悲しみの行列に変わってしまいました。このことを
深く反省したダビデは、二回目の時は正しい方法で無事に神の箱を
運び上らせたのです(第一歴代誌15章15節)。
 私たちは、「動機さえ純粋であれば、方法なんか構わないではな
いか」と決して言ってはなりません。この恐るべきウザ撃ちの事件
は、とかく動機の純粋さだけを強調し、神の定められた方法や手段
などを七面倒臭いものとして軽視しやすい現代の私たちに、神を求
める方法や神に仕える手段が、どんなに大切であるかを教えていま
す。すなわち神には神の方法や仕方というものがあるのです。
  聖書は、私たちキリスト者は、言葉や態度また行動や生活に関し
て、世のやり方や方法とは違ったキリストのかおりを放つキリスト
者にふさわしい仕方や方法を教えています。このことは教会の一切
の営みや働きに関しても同様であり、世のやり方や方法とは異なっ
たキリストの花嫁である教会にふさわしい仕方や方法というものが
あるのです。
  「メソジスト(直訳、方法を重んじる人)」は、神の恵みを受けた
り、神に仕えたりするための方法や手段を重んじる人たちの群れで
す。それは、目的のためには手段を選ばなかったり、手段を無視し
て良い結果を得ようとしたりする「熱狂主義者」とは正反対の歩み
をする者なのです。

次回は2016年2月1日「罪を憎んで人を憎まず」です
甲斐慎一郎の著書 → 説教集






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Last updated  2016.01.24 23:55:55コメント(0) | コメントを書く


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