東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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聖書預言@ Re:説教要約 1266(08/08) 『JDファラグ聖書預言』でネット検索すれ…
2017.09.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「神のご計画の全体28    2017年9月17日
心を見守れ(1)人の心の深さ」 

インターネットのテレビ局CGNTV(⇒みことばに聞く⇒関東⇒
東京B)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しました。
  2014年10月2日放映「 思いの霊的な教え 」 
「神のご計画の全体28   
 心を見守れ(1)人の心の深さ」
             甲斐慎一郎        
                  詩篇64篇6節

  箴言の著者は、 「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。い
のちの泉はこれからわく」 と述べています(4章23節)。どうして
私たちは、力の限り、見張って、心を見守らなければならないので
しょうか。

一、心の表面は意識があるが、心の奥は無意識で、最も奥深
いところは霊だからです

  聖書は、人間を霊、たましい、からだという三つの要素から成り
立っていると教えています(第一テサロニケ5章23、24節)。

1.からだは、私たちを取り囲む外界の状態を知り、それに対応
する機能のことです  
 2.たましい(ソウル)は、「知性の面での心(マインド)」と
「感情の面での心(ハート)」と「意志の面での心(ウィル)」と
いう三つの面があります。これは、人間の知性や感情や意志という
内界の状態を知り、それに対応する機能のことです。  
 3.霊は、信仰によって神とその世界を知 り、それに対応する機
能のことで、神の像に似せて造られた不滅の 生命です。

  霊は、もともと無意識ですが、心も表面は意識することができま
すが、心の奥は無意識になります。このことを発見したのが精神分
析学の創始者であるフロイトです。

  古代ギリシャの哲学者は、「何が一番困難だろうか」と尋ねられ
た時、「自分を知ることだ」と答えたと言われています。キリスト
が十字架の上で語られた第一声は、「父よ。彼らをお赦しください。
彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」という言葉で
す(ルカ23章34節)。

ダビデは「人の内側のものと心は、深いものです」と記していま
す(詩篇64篇6節)。人の心が自分でも分からないほど深いのは、
心の奥は無意識で、最も奥深いところは霊だからです。 しかもこの
無意識の霊と無意識の心が、意識している心の表面に、良きにつけ、
悪しきにつけ、多大な影響を与えている、いやそれを支配している
のです。

二、心(たましい)は、からだと霊を結びつける懸け橋の役
目をしているからです

  人間が霊とたましいとからだという三つの要素から成り立ってい
るという三要素説は、一番中心の円が霊、中間の円がたましい、一
番外側の円がからだという三重丸で現すことができますが、もう一
つは、「霊」と「からだ」という二つの円を描き、両者を半分ほど
重ね合わせたものとして現すことができます。その重ね合わせた部
分が「たましい」です。

  確かに「霊」は「たましい」の中枢機能として「たましい」を支
配し、「たましい」は、「からだ」の中枢機能として「からだ」を
支配していますが、 「霊」は、見ることも、聞くことも、さわるこ
とも、感じることもできません。ですから、その「霊」を変えるた
めには、「たましい」の三つの面である知性と感情と意志に働きか
けなければなりません。すなわち「たましい」は、「霊」と「から
だ」という二つの要素の懸け橋(橋渡し)の役目をしているのです。

三、たましいが救われるためには、心の奥にある霊が救われ
なければならないからです

  エペソ人への手紙の4章23節は、新改訳聖書では「心の霊におい
て新しくされ」と直訳していますが、口語訳聖書は「心の深みまで
新たにされて」、新共同訳聖書は「心の底から新たにされて」と意
訳しています。 ここから「霊」というのは、「心の深み」であり、
「心の底」であることがわかります。

  アダムが罪を犯した時、彼の霊は死に、その心に刻まれた神の像
を失って、神を知る知識も神を喜ぶ感情も神に従う意志もなくして
しまいました。しかし人がキリストを信じるなら、「心の霊におい
て新しくされ、真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出さ
れた、新しい人を身に着る」ことができます(エペソ4章23、24節)。
この 「神にかたどり造り出された、新しい人を身に着る」ことこそ、
「神を知る知識」と「神を喜ぶ感情」と「神に従う意志」を取り戻
し、「心の深みまで新たにされる」ことなのです。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集






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Last updated  2017.09.17 22:04:38コメント(0) | コメントを書く


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