街。の声

2008年11月22日
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カテゴリ: 教育

体罰の女性教諭を懲戒処分 /北海道
>札幌市教育委員会は18日付で、男子生徒の頭をたたくなど体罰を振るったとして市立信濃中の40代の女性教諭を減給1カ月(給料の10分の1)の懲戒処分とした。教諭は同日付で依願退職した。

それにしてもひどい先生なんでさ。体罰禁止がこれだけ叫ばれている昨今、いまだにこういう軽い感覚で体罰を実行しちゃう先生がいるってのもなぁ。減給1ヵ月程度でいいのかってことと、その先生は辞めたらしいんだけど、辞めれば済むのかっていうね。先生(大人)の圧倒的な力の前にひれ伏すしかない子供たちに対して、口で言ってもわからないから手を出した、ってんじゃ話にもならないよ。教育委員会には、(現場では)これは氷山の一角でしかないという意識を持ってしっかり取り組んでもらいたいね。

















・・なんて思うか、バカが。



これさ、最初は小学生の話かと思ったら、そうじゃなくて中学生の話なんだって。先生は 「座って食べるように」 と注意したらしいんだ。要するに、この男子生徒は、立ったまま(か、もしくは歩きながら)食べてたというね。こういう、中学生にもなるバカに対して「座って食べなさい」と言わなくちゃならなかった先生のせつなさったらないだろ。

「オマエは猿か」と言いたかったろうよ。

こんなもの、誰がどう見たって座って食べてなかったバカが悪いんでさ。何かの宗教の関係とかで「立ったまま(もしくは歩きながら)食べるという戒律とかがあるなら別なのかもだけど、どうもそういうわけでもないらしい。要するに、 親の躾の問題なんだよ 、こんなことは。こういうのが、フォークだか箸だかを咥えて歩き回っててだな、転んで喉を突き刺してみ?今騒いでる人権大好きちゃん達は「一緒に給食を食べていて先生は何をしていたんだ」と目ぇひんむいて糾弾するんでさ。

まったく、うるさいと言うんだ。

そもそもが、一度、いや、記事では触れていないけど、恐らく何度も口頭では注意してるんだよ。もしかしたら、この時が初めてじゃなくてこれまでに何度も注意してるのかもしれない。それでも言うこと聞かなかったんだからさ。それで座らせようとしたら抵抗したっていう。ワタクシだったらもっと前の段階でだけどさ。

どんなに抑えてもこの時点でゲンコツか往復ビンタ有りだよ。

冷静さを失い生徒の頭を平手で叩いたってあるんだけど、ワタクシからすればずいぶんと冷静を保っていたと思うね。このあたりの表現は、教育委員会側で修正か(この先生に対して)誘導したんじゃないかなぁ。この方が刺激せずに穏便に事が済みますから、とかさ。この先生は、反省して辞職したというより、こういう教育現場や昨今の風潮に対する抗議の意味があったんじゃないかって思えるんだ。抗議とか嫌気がさした、とか。

だってさ、このバカは先生に対して味噌汁の茶碗を投げつけたってんだから。で、先生はその生徒の手の甲を数回叩いたって。記事によれば、この生徒に対して「体罰」とされているのは、口頭で注意しても聞かずに、座らせようとしても聞かずにいたので頭を平手でポン。味噌汁の茶碗を投げつけたから手の甲をペンペン。・・だけ。

これのどこが体罰なんだって。

不思議に思うことがいくつかあるんだけど、これって5月に起こったとされてるんだよ。それが、どうして今頃になって出てきたんだろ。聞き取りとか事実確認とか裏づけとかを5月から半年がかりで調査してきての結論なんだろうか。それとも誰かが告発したとか。それと、この生徒やその親はどう思ってるんだろ。やっぱり体罰だと思ってるんかな。一人の先生を辞職させるくらいのものだったんだから、せめて親にはコメント出してほしいよなぁ。

こういう報道に限らないんだけど、ある特定のキーワード(今回の場合は「体罰」「辞職」)で判断しちゃうってことがよくあるでしょ。特に深く考えず、でも自分ではわかったような気がしちゃうってことがあるんだよね。何かしながらニュースを聞いてたり、時間が無いから新聞なんかをナナメ読みしちゃってたり。そういう場合、 知らず知らずに深層心理に刷り込まれちゃってるんだ。 記憶が風化していく過程で、このキーワードだけ残っちゃう。

「体罰があって先生がまた辞職してたな」「そういう事件があったな」って。

また、メディアなんかがそれを意識した報道をするんだよね。キーワードだけ繰り返し繰り返し使用して刷り込んでく。その都度その都度考えないと、これだけの情報が溢れてる昨今、その背景や疑問点、流れなんかまで追及しなくなっちゃうん。目に映って、耳に聞こえてきたことだけで判断し、それが正しいと思い込まされちゃう。要するに、 無意識のうちに誰かに判断してもらっちゃってる んだね。本当は、自分の目で見て自分の耳で聴いて、自分の頭で考えて自分の責任において判断しなくちゃいけないのにさ。そう思ってたら、おもしろい記事を見つけたんだ。


疑似科学やオカルト… なぜ、だまされるのか?
>「あの人の言うことだから、本当だろう」という主体性の放棄も、自らの心をだます行為だ。「自分の目でしっかり確かめ、自分の頭で判断する習慣を」と呼びかける。
>「ささいなことでも、『なぜ』と意識的に問い直してほしい。その背景には必ず理由があるのだから」
>楽して得を取りたいという「欲得」と「思い込み」、それに「非合理的思考」が結合するとき、人はとめどもなく危うい「だまし」の深みにはまっていく。


いろんなメディアがいろんな方法で世論を誘導していく。裏づけの乏しい記事やセンセーショナルな見出しを使って、知名度の高いキャスターや識者と称する方々が国や社会を批判する。上っ面だけで過ごしていると、どんどんどんどん刷り込まれていくんでさ。まさにメディア主導の愚民化政策だよ。最初っから、こういうところに着地しようって決めて話してるんだもの。

新聞に書いてあること、TVのニュースで語られてることがそのまま正しい事実だと思い込んでちゃダメなんだ。 事実と伝聞と感想と・・それらを振り分けて受け止めなくちゃいけない だろうね。報ステの古館キャスターなんて、どの事件についても自分の感想を話してるだけだよ。自分の感想を補強するために、隣に座ってる編集委員に質問をフってるだけ。それにしても、やじプラにしても報ステにしても朝生にしても、テレ朝の女性側のキャスター(アシスタント?)見てるといつも思うんだよ。

何で、そんなにエラソーに自分を正義として語れるんだろうって。









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Last updated  2008年11月22日 09時40分31秒
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