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実家の私物を整理していて、昔のカセットテーブがたくさん出てきた、その中に、深夜放送を録音したテープを発見。テープ自体は、切れてしまっていてそのままでは再生できない状態だったので、カセットを分解してテープを繋ぎ合わせて、パソコンに取り込んでみた。それは中学の時に理科を教えてくれた小堀修先生が亡くなられたことの投稿が読まれたラジオ番組のテープだった。新卒で赴任されて、ボクたちの中2と中3の理科を担当されていた。担任を受け持ってもらったことはないのだけれど、いつも気になる先生だった。ある時、何についてなのかは今は思い出せないけれど、小堀先生に質問したことがあった。「そうだね〜、これはなかなか難しいので、持ち帰って調べてきていいですか?」と言って、その質問を持ち帰られた。後日、授業が終わった時、わざわざボクの席までやってこられて、「いろいろ調べたんだけど、よくわからなかったんです。また調べておくね」と正直に言ってくれました。結局疑問は解決しなかったけれど、なぜか嬉しかったのを覚えています。そんな小堀先生ですが、学年主任の先生には何故かよく思われていませんでした。何かの集会で体育館に学生が集まっていた時に、小堀先生が何かを発言した時も、「君は黙っていなさい!」と、その学年主任の先生に罵倒されていたのを覚えています。学校にGパンを履いてきたことや生徒の前で弾き語りで歌を歌った事などで、咎められたのか、それとも他に何かあったのかは、当時のボクには推し量る事は出来ませんでした。でも小堀先生は、多くの生徒から慕われていたことは知っていました。いつも一生懸命な姿や、物事に誠実に対処する姿を見ていたからです。先生は、自分が思い描いていた教師像と自分のギャップを重く感じていたのかもしれません。多分真実は誰にもわからないでしょう。しかし、大人の嫌な部分、どうしようもない確執が存在することを、ボクは、どうしようもなく不愉快に思っていた。先生がコタツに入ったままで亡くなっていたと聞いた時、どんな思いでいたんだろうと、当時は、何度も何度も思い浮かべたのでした。先日ブログに書いたミミさんとの手紙を読んでも、先生の事を書いて送っていた事がわかり、結構真剣に思いを馳せていたのがわかりました。先生が授業をしている姿を、今でもはっきり思い出す事ができます。当時、長岡京市立長岡中学校に通っていた生徒のなかで、小堀先生の事をはっきりと覚えている人は、どれぐらいいるんでしょうね。ボクにとって、いろんな事が起こった中学時代のなかでも、小堀先生のことは、深く心に刻まれています。
April 30, 2017
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写真が出てきたので、11年前に書いたブログの追加として去年書いた「長閑だったころのNHKのお話」ブログがあります。その時の、台本やら色紙などが出てきた。台本は、スタッフの人に終わった回のをもらったもの。この色紙は、清水章吾さんが出演者に声をかけてくれて、寄せ書き風にみなさんに書いてもらったのでした。花ぐるま島田陽子、清水章吾、三ツ矢歌子、庄司歌江、横山道江清水さんは、いつも控え室の廊下のベンチに座って話しかけてくれたり、お菓子をくれたりととっても良くしてくれたのでした。撮影の手伝いをしたり、機材のかたずけを手伝ったりしていた変な高校生が、控え室でも不審者扱いされなかったは、清水さんのおかげだったかもしれません。おかげで何ヶ月もスタジオに通えたんでしょうね。今では考えられないけれど、そういう時代に生きていたことも一つの幸せですな〜。(^_^)いやいや、好奇心と図々しさのなせるわざかも、、、。NHKでお会いできて、ファンだった人たちのサインの一部も残ってました。【枚数限定★100円OFFクーポン配布中】コピー用紙 A4 5000枚 高白色(500枚×10冊)【送料無料(一部地域除く)】【枚数限定★100円OFFクーポン配布中】コピー用紙 A3 2500枚 高白色(500枚×5冊)【送料無料(一部地域除く)】
April 20, 2017
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11年前に「ファンレター大作戦」というブログを書いた。https://plaza.rakuten.co.jp/akmix/diary/200510260000/中学3年生の頃に、友達たちがアイドルにファンレターを送っているのを見て、自分なりに返事が来る送り方をしてみようと思って実行した時の話だ。その時から時は流れて44年。その時の手紙が見つかった。実家を処分することになり、荷物の整理をしていて見つけたのだ。現在のような電子メールのやりとりだったら、そんなに昔のメールは残っていないだろうね。ミミちゃんとは2年ほど、手紙を送り、返事をもらいを繰り返した。最初は、返事が欲しかっただけだけど、やりとりをしているうちに、だんだん親密になり、いろんな話を書いて送った。返事の内容もだんだん変わり、普通に文通をしているような感じになっていた。彼女は、15才くらいまでスイスに住んでいて、日本に来てもアメリカンスクールみたいなところに通っていたので、日本語は不得意で、手紙を書くのは大変だったと思う。だけど、一生懸命日本語で返事くれていたのが嬉しかったのを覚えている。写真に写っている手紙のなかでも、「京都にいったら、レンラクトリマス」みたいに書いてくれたりもしていた。(実際には連絡はなかったけどね)少し間が空いて、ボクが事故を起こして入院している時に、暇に任せて出した手紙にも、ちゃんと返事をくれて、親身になって心配してくれたりして、とても嬉しかった。元気づけようとしてか一緒にこんなチラシも入っていました。(^_^)そのお礼を言いたくて、その翌年、友人と東京へ行った時に、彼女の事務所へ電話を入れたけど、結局繋がることはなかった。それ以来、連絡は途切れたけど、いい思い出の一つとなったのは確かだ。年齢も、ボクより2つ上なだけだったので、より親近感があったんだと思う。今、ミミ萩原さんは、広島県に住んでいるらしいが、はっきりとはわからない。こんどネットででも調べてみるかな。
April 19, 2017
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「 太陽節」は、一応無事に過ぎました。北朝鮮のミサイル発射は、どうやら失敗に終わったようです。しかし、まだまだ色々な記念日や行事が行われますから、北朝鮮がらみで、何かが起こるとの懸念は残っている。メディアももっと報道をするべき!日本が今どんな状況にあるのか、国民に知らせる必要があるでしょう!北朝鮮と日本や米国、ロシヤと中国などの軍事状況など、下のような情報をもっと国民に分かりやすく知らせましょうよ。North Korea vs Japan Military Power Compare 2017UNITED STATES vs NORTH KOREA Military Power RUSSIA vs CHINA Military Comparison (2017)
April 16, 2017
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