窓の外へ

窓の外へ

2011年07月02日
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ここのところ、自分の判断の基準について、ふと考えました。
私が何かを選ぶ時、いったい何を基準にしているのだろうかと。

何となく頭に浮かんだのは次の3つです。
1「好き」、「嫌い」もしくは「やりたい」、「やりたくない」
2「良い」、「悪い」
3「正しい」、「正しくない」

私の場合、もともと「好き」か「嫌いか」の判断が多かったわけですが(大人になりきっていないのでしょう)、アレクサンダー・テクニークに出会ってから、余計にこの判断基準が多くなったような気がします。
だって昔は「良い」と「悪い」、「正しい」、「正しくない」を考えていましたから。

私にとって「良い」とか「悪い」とか、「正しい」とか「正しくない」は、実は自分の判断の基準ではないような気がします。

良いかどうか分かりませんが、「好き」と「嫌い」の判断が増えてからは、ものごとを自分の判断で選んでいるような気がします。

「好き」とか「嫌い」だったら、完全にこの基準は主観的なもので、判断の責任は自分自身にありますが、「良い」とか「悪い」とかになると、判断の責任の所在がちょっと曖昧になる気がします。「世間」とか「一般」とか「常識」とか「神」とか。
私がずるい時は、責任を逃れるために、無意識でこんな言葉を使っちゃったりしています。
また私が「正しい」、「正しくない」なんて考えている時は、完全に言い訳を探しているような時の場合が多いです。

でもこうしてみると、私が考えている時って、いつでも2択にしているなあ、と思います。2つ以上の選択肢が持てないなんて、よっぽど頭が悪いのですね。あるいは2択にしないと考えられない、とも言えます。

テレビに出てくる人を見て、「この人ずるいな~」なんて思っているのは私だけかしら?





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最終更新日  2011年07月02日 23時34分56秒
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