「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」 を体験してきました。
真っ暗やみの中、8人のグループを組んで、白い杖を片手にいろいろな体験をする、というものですが、ナビゲーターとして盲人(目の不自由な方)がひとり、グループについてくれます。
このアトラクションは、季節によって体験の内容が変化するそうですが、今回は夏バージョンだったそうです。
目を慣らすために、ナビゲーターからアトラクションの説明を受けながら、段階を踏んで少しずつ暗い部屋に入って行くのですが、目への刺激が少なくなるに従って、耳などの他の感覚が鋭くなっていくのがわかりました。
ここからがアトラクション、という場所は本当に暗くて、まったく何も見えませんでした。暗さに段階があるのもよく知らなかったし、本当の暗闇って、実はあまり経験がないのですね。
暗闇に中に入ると、いったい自分がどこから来て、どこにいるのかが全くわかりません。少し歩いただけで、入口の方角がまったく分からなくなりました。
グループの仲間は知り合いもいるし、今はじめて出会った人もいます。何をしている人かも知りません。年齢も職業もバラバラなはず。お互いの呼び名を決めて、触れあった時に声をかけると、それが情報に変わります。
このグループで橋を渡ったり、道具で遊んだり、喫茶店に行ったり、といった体験をしました。
真っ暗やみの中、皆が安全に、はぐれないで行動できるよう、お互いが助け合っていました。困った時に声を出すと、手を差し伸べてくれる人がいる。誰かが困っていたら、手を差し伸べる事が出来る。
「見えない」というだけで、まるで世界の見方が変わってしまう。
そこには私達が一番望んでいるものが存在していました。いいえ、いつでもそれは存在していて、でもそれに気がついていない。まるでアレクサンダー・テクニークのレッスンのようです。
見方が変わると世界そのものが変わってしまう。
私達がダイアログ・イン・ザ・ダークで体験している世界は、目の見えない人の世界です。
皆がナビゲーターのちいちゃんに、たくさんの質問をしました。
私達は彼女の体験している世界に興味を持ち、彼女は自分の体験している世界を話してくれます。同じ時代に、同じ世界で体験していることなのに、私達は別の世界で生きているのです。
でも、よく考えてみれば、ちいちゃんだけが別の体験をしているのではないと思いました。私達はひとりとして同じ感覚を持っていないし、感覚そのものは身体の使い方によって、考え方によって、まわりの状況によって、今までの経験によって、様々な条件で常に変化しています。ひとりとして共有できません。
人が存在する分だけ、世界がある。
お互いの世界が尊重できれば、それだけたくさんの世界が広がって行きますね。
怒り 2011年12月31日
カラダのキセキ 第2弾 2011年12月13日
苦手な人に話しかけること 2011年11月12日