先日ピアノの生徒さんのお母様より相談がありました。
娘さんにピアノを続けてもらいたい。だけど最近練習していないので、アニメや歌謡曲を取り入れてレッスンしてもらえないだろうかと。学校の教科書などでよくいたずら弾きをしているので、そういった曲なら練習するだろうと。
私は特に曲を強制しているつもりはないので、本人に「アニメや歌謡曲、持って来ていいよ」、と伝えると、本人はきょとんとした顔をしていました。
私自身、その子にいつも「何か弾きたい曲ないの?」と尋ねているので、ちょっと驚きでしたが。
「何で?」という顔をしていたので、お母さんが連絡帳に書いたこと、いたずら弾きの話を伝えたら、「何でそんなこと言うんだろう?」みたいな表情をしました。
彼女が帰ってから私自身のことを考えてみると、練習の途中で何か前に弾いた曲とか、好きな曲とか弾いて遊んだ覚えがあります。というか、ほとんど練習しなかったのですが。どちらかと言うと、気が向いたら練習する、という感じでした。
その、自分の弾きたい曲を弾いている時間がとても楽しかったことを覚えています。
親にしてみれば、きちんと課題を練習して上手になれば、ピアノが上達すると思っていらっしゃるとは思うのですが、私の経験からすると、ピアノで遊べない子は続かない、と思っています。音を出して遊べる子は、音楽が自分にとってどういうものかを知っていると思うのです。いたずら弾きしているような曲をレッスンに持ってきたら、彼女にとってはつまらないかもしれないなあ、と少し思いました。
「遊べる」って才能だと思いました。
自分で何か心地の良いものを創り出しているんですよね。
本当に学んでいるのは、実はこういう時間だと思うのです。
レッスンでは曲をまとめたり、仕上げたり、ある程度の価値観を伝えていますが、それはその子の学びにとっての一部分でしかないと思います。
それをどうやって自分のものと結び付けていくか、その時間が大切だと思うのです。
教えられた情報だけを出来るようにしていく、それは学びとしては不十分だと思うのです。
アレクサンダー・テクニークのレッスンでも、実はレッスンでない時に気付いたり、変化が起こったりします。レッスンが自分の一部分になって身に付いた時、内側から変化が起こる、教育ってそういうものかもしれない、と思いました。
レッスンを受けて、「すぐそれを身につけなければならない。」なんて自分に課してしまいがちですけどね。
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