仕事について尋ねる必要があるのですが、尋ねた結果まともに答えてもらったことがない経験を何度かしていて、生徒さんは自分のやっていることに意味がないように言っていました。
過去のたくさんの経験と、そこから予想される未来、生徒さんの頭の中はたくさんの思いでいっぱいで、なるべく自分が最低限やりたいことを思い出し、相手に伝える時に本人のコーディネーションを手伝い、同じ状況を再現しました。
生徒さんは、ただ上司に話しかけるというだけのことに、必要以外のエネルギーを何倍も、下手すると何十倍も何百倍も使っていたことに気付きました。
「仕事がとても忙しい」、とおっしゃっていましたが、仕事ではないことにこんなにたくさんのエネルギーを使っていることに気付き、驚かれたようです。
相手が嫌いなことは仕方がないけれど、この経験によって、相手に対しての見方も、違った角度から見るという事も起きてきたようでした。
本人は、ただ「相手の顔を見たくない」くらいの思いの自分の行動だったと思いますが、そのエネルギーは職場の殺伐とした雰囲気を和らげるものではなく、殺伐としたものに更にエネルギーを注ぎ、その状態を維持するのに一役買っていたことになります。
日常のちょっとした選択が自分の居場所を決めている、そんな感想を持ちました。
ささいな事に気付いた時、見えなかったものが見えるようになった時、現実は少しずつ変化していくのではないでしょうか?
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