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先週から、実習生がうちのおじじについてくれている。朝9時から3時半まで。その彼女、やる気満々だけど、もの静かで、もの静かなんだけど、ニコニコしていて、すごく丁寧でいろいろ気を回してくれて、関心します。彼女のお陰で、入院以来、昨日初めて、病院行きをパスさせてもらった。お昼ご飯までに行っていた病院行きもお昼2時頃からでいい感じだし、かなり助かっている。けど、あと来週1週間の実習らしい、残念。その昨日辺りから、父親、かなり普通になってきた様子。空ろというか、ボヤッとしているというか、彼の世界というか、そういうところから抜け始めている気配。昨日、姉がそう言っていた。で、今日、1日ぶりに父親の様子をみたら、ほんとに、姉の言う通り、話かけると、会話が普通の感じがした。発話は出来ても、ほとんどわからないけど、言うタイミングとか、発話した音が、ほんとに、いままでみたいな雰囲気で、とうとう、おじじが戻って来た。頭の中に出血した血液が吸収されるのに、2~3ヶ月はかかる(今は発症から約2ヶ月)、って聞いていたけど、あと、1ヶ月のうちにどれだけ戻ってくれるかな。「これだけ飲まなかったら、管することになるけど、飲む?」と言ったら、当然だと言わんばかりに「飲むよ。」と言って、牛乳をグビグビ飲んだ。作業療法から帰って来て、部屋に入ったら、時計を見て「5時半やな。」と、言った。作業療法の訓練台から、車椅子に移るとき「せーのー。」と、言った。もちろんある程度状況判断でそう聞き取っているのだと思うけど、子音+母音(日本語ではそういうのかな)の発音も、少しづつ、それらしく聞こえるようになってきた。ボーとしたおじじから、普通のおじじに戻って来て、かなりうれしい。- - - - - - - - - - - - - - - - - - 救急の病院は個室だったので、部屋代が高額だったけど、それにしても、うちのおじじのケース(他の疾患とか手術があったりとかで、異なってくるかどうかは知りません)では、老人医療の自己負担額って、安い。こんな金額で看てもらえるのだったら、すっかり良くなるまで看てほしいくらいだ。今日の夕陽
February 28, 2008
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今日は雪がチラついたり、寒かった。また、海岸沿いの防波堤を歩いた。ひさびさにipod登場。夕陽に照らされた壁に映った私の陰。みなさん、いつもありがとう、のつもり(格好)です。おじじのリハビリ病院3週目下痢になったりして、食欲も水分もイマイチだった。運動リハビリは日に日に、ほんの少しだけど、上達している。ベッドから車椅子、車椅子からベッドの移動、抱き上げずに、ダメな右のほうをちょっと介助しただけで、移り変わりが出来るようになっていた。麻痺している右側の認識と力が入らない右側をどのように左でバランスとっていくか練習したりしている(この説明まちがっている風ですね、左に全部おまかせの肩替わりって意味でもないんですけど、そう取れますか、論理的に学習していないもんで、うまく説明できませんね、すみません)。ボールひとつ蹴るにしても、左脚を動かそうとすれば、右に重心を移せないから、脚がまったくあがらなかったりする。私達にすれば、なんともないことが、難しい。見学していて、そんなことがよく見えてきた。ほんと、身体って、スゴイけど、脳がスゴイ。看護士さん達も、いろいろ考えて下さったようで、おじじの飲食習慣に合わせて飲み物を提供したりしてくれる看護士さん達も増えてきた。(ま、おじじも自分の習慣には頑固で、飲まないと言ったら、飲まないので、仕方なかったのかな。)ほんとうは作ってきた食べ物は一応禁止されているんだけど、姉が作ったゼリーも、食べさせてくれたし、私達の意向に協力しはじめてくれているようだ。私はひたすら父親が以前していたように、してあげたい、って思っていたけど、これは、もしかして、自己満足で、自分がいままで十数年間、父親が心地よいように一生懸命してきたことを否定されているみたいで、私自身がイヤだったのかな、なんて、思い始めた。父親はいままでと同じだけど、いままでと違っている、のかな。83才にして、父親のまた新しい人生なのかな。なんて、思うと、いままで私が父親にしてきたことに執着することもないんだろね、なんて、思った。父親も、だんだん、自分の意思表示をするようになってきたみたいだし。とりあえず、病院側の人達にも少しづつ、わかってきてもらえているようだし、わたしもちょっとは丸くなったし、このまま、うまくいきますように。。。散歩途中の景色
February 24, 2008
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夕方、病院から出て駐車場に行こうとしたら、ま、なんと、真っ赤な大きい夕陽。急いで走って、防波堤までいって、よじのぼって、撮った。綺麗でした。あんまり綺麗だし、写真に撮ったけど、赤く写らなかった。病室に戻って父親に見せたけど、わかりにくかったようだ。建物の向こうは太平洋。
February 21, 2008
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水仙:ほったらかしにしていたけど、咲いて、いい匂いがしていた。去年ポットから掘り上げて吊るしてある水仙やムスカリは、ネットに入って吊るされたまま、芽を出して、葉っぱも長く伸ばしている。11月か12月頃植える予定だったのに、すっかり忘れていた。梅:満開。こっちもまたいい匂い。ちょこっと、庭で草引き。肥料をやるのもすっかり忘れてた。今日は1日、いいお天気で、気持ちよかった。春の兆し、いい季節に向かっているのを感じた。これから庭の季節だけど、庭のお世話までできちゃうんだろか。
February 21, 2008
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カンファレンスはもともと、付きそっていなくて、状況がわかりにくい家族に報告したり、普段わからないことをお互いに連絡しあったり、どうして行くか相談したりするんですけど、今の段階だと、まだ、ただの状況報告みたいだった。私は父親の様子や病院の様子はある程度、把握してきたし、見学している時に聞きたいこと尋ねたりしているので、特に、おっ、これは、という意見も説明もなかった。あまりあたしには意味がなかったです。姉に担当療法士さんの意見や説明を聞いてもらえたので、ま、良かったです。言語療法で、聴覚士さんは、父親を起こしたり、言っていることを理解さすのに時間がかかって、また今日もこれでリハビリは終わっちゃたよー、って感じなんだろうと、思う。ま、まだ若いし、父親と、朝の40分、時間つぶして、父親で、また一つ経験つんでくださいな、って感じ。それに、多分、自分でやった臨床例というのか、症例というのか、が、まだないんじゃないかな。専門的すぎて、納得出来ないくらいの説明してくれたほうが、信頼できるかも。おお、さすが専門家の意見だ、みたいな所が、まったくないのよ、彼女。あんな四角い閉ざされた部屋で、聴覚士さん、どうやってコミュニケーションとっているんだろう。彼女と父親、まったく不通の感じがする。父親、この人知っているよ、って顔しないし。見学した時、私が出来ることはお手伝いしますから、何でもおっしゃってくださいって、言ったけど、何の要請もこないし、私達に父親のことなどを聞いてリハビリの役に立てようという気もないようで、廊下ですれ違っても、知らん顔してますね、彼女。なんか、言語聴覚士という職業にがむしゃらにしがみついている、って感じかな。理学や作業なら、体がモノを言ってくれるけど、患者はモノを言ってくれないし、その言ってくれないところを修繕していくんだから、ほんと、難しい職業ですね。ーーーーーーーーーーー姉のぶどう果汁100%飲むゼリー、なかなか、良さげ。父親、今日、姉ゼリーで250ccくらいは水分とった。あたしと姉と、性格まったく違うので、ほんと、お姉様、あたしの気づかないところに長けていて(って、あたしの気づくところはかなり少ない)、有り難い。おねえさまさま、です。ところで、今日、水分どう?攻撃、が来なかった。と、思ったら、今朝、あの聴覚士さんが来て、あれ飲め、これ飲め言ってたけど、父親ほとんど水分とらなかそうで、、、、、管、したみたい。で、カンファレンスで、聴覚士さん曰く、「今朝、普通のお水で試してみたんですけど、普通のお水でもゆっくり飲めば、飲めそうですね。」って、そんなこと、とっくに知ってますんですけど。自分の飲みたいタイミングであれば、ゴックンいい音させて、飲めますよ。言語さん、私達より、父親の情報が、とにかく、後、後廻り、になっている。ーーーーーーーーーーー理学療法士さんも、努力されているみたいだし、様子見るってところでしょうか。ーーーーーーーーーーー作業療法士さん、若くて可愛い綺麗な女性です。彼女にはどういうワケか安心しているので、見学に行こう!って気にならない。1度だけ見せてもらった。ーーーーーーーーーーー全体的に、ようやく、私も落ち着いて、冷静になってきたかな。また、違う課題が出てくるような気もするけど。。。
February 19, 2008
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今日、スーパーに行って、とにかくゼリーを探した。一番近いスパーだから、そう品数もないし、どうだろか、と、思っていた。で、見つけたのが、清涼飲料水 寒天 ドロドロっとしているので、買った。他の食べるゼリーは果物が入っていたりと、イマイチだった。理学療法が終わって、部屋に戻って、お茶を差し出したら、一口しかのまない。頑張ったのに、もっと飲めるハズだと思って、病院に来る前に買ったその寒天ドリンクを出した。なんと、なんと、グビグビ飲んで、一度手から離して、また、渡しても、まだ、飲んだ。あまり飲むので、誤嚥でもしていないんだろうか、とか。225mlの半分サラッと飲んだ。わー、飲んだ。普通に飲んだ。しかも、飲んでいる間も後も、一度も咳き込まなかった。めでたし、めでたし。これが毎日飲めるものか、飽きるものか、よくわからないけど、とにかく普通に飲めてうれしい。ーーーーーーーーーートイレ。便意を感じると、いきなり焦り始める。トイレに行く、と言うので、ナースコールを押した。が、やっぱり、すぐ来てくれなかった。看護師さん、一度現れれて、すぐ来ます、と、言ったまま、一向にこない。父親は、居ても立っても居られないようすで、もう、自分の車椅子で行くといって、怒り出す(通常はトイレ専用の車椅子で行く、座ったまま便器の上に行ける)。自分で、車椅子漕ごうとするし、トイレまで連れて行った。トイレの便器の前で、車椅子に座らせたまま、看護士さんを、見に外にでるが、来てくれない。戻ると、父親は車椅子から立とうとしている。「私に出来るかどうか、わからへんけど、やってみるわ。」と言いいながらやってみた。その、車椅子専用便器の上になんとか座らせた。そのトイレ専用の車椅子、なんてたって、座り心地が悪そう。のけぞって、座らされて、こんな椅子で、出来るもんだな、と、思っていたけど。もしかして、改良しないのが、いいのかも。こんなやりづらい椅子に座らされるんだったら、一時も早く自分で、行きたい、と思うように、なるよね。で、大成功。次から、便意さえこちらに伝われば、普通のトイレにいけるかも。看護師さんが忙しいのも、かなり自立に役立っている。有り難いと思ったほうが、いいですね。ーーーーーーーーーー理学療法。着実に前進している。それはわかるし、前進しているんだったら、いいじゃない、って考え方もあるけど。んー、なんとも。私も父親のリハビリだけしか、見たことないし、他の療法士さん達はどうなのか、まったくわからない。けど、察するに、この療法士さん、父親のこと、そう好きではない。子供扱いしすぎるし、父親がどれだけ彼の言うことを理解しているか把握しているように思えない。彼は父親が倒れないように、後ろに座って父親を後ろから抱きかかえるような体勢になりながら、次の指示を言う。声だけで、父親が理解できるハズないですもの。何回も口だけで言って、父親がやらないと、だんだんイライラしてくるんでしょうか。誰でも、指示通りにしてくれないと、腹が立つじゃないですか、何事も。それが時折表面化される。なんというか、意地悪めいた口調というか、自分の指示をねじ伏せて聞かそうって態度の感じ。それが、彼の専門としているところであれば良かったんだけど、それをどうしてもしないといけないコトでもなさそうで、わたしが見ていて、それにこだわらなくても、違う方法でも出来るやん、みたいな。指示が正確に伝わる人に、例えば、あたしに(脚の骨でも折ってお世話になるとかで)、そんな口調で言うのだろうか、ということと、彼が執拗にこだわったコトが理学(運動)のリハビリの本質にどれだけ重要だったか、とういことが問題。このことは、背景も状況も複雑すぎて、説明しきれないし、ま、一方的な見方でしょうけど、見てしまったものは、仕方がない。理学療法士さんとかって、失語症ってどんなのか、知っているのかな、って、疑いたくなる。ここでもまた、面倒臭い家族になる予定。ーーーーーーーーー明日、何をするのか、カンファレンス。いきなり、ムカつかないよう、努力したいけど、カッとなったらどうしよ、なんだか、なりそうで恐い、それが心配。なんだか、文句たらたらっぽい日記になっている風だけど、まだ、怒ったりしていないし、大丈夫、ある程度にこやかに、協力的に対処してます。うわぁ、だんだん心配になってきた、更年期だし、おこっちゃいそう。よく対応してくれたことだけ、思い出すようにしよ。冷静に、冷静に。
February 18, 2008
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言語の件。自分もそうだから、言えるんだけど、教えている時の見学者って、スゴく刺激になるし、手を抜けないし、いい薬になる。まず、いままで、まだ、見たことがなかった。言語療法士さんの陰がまったく見えないし、言語のリハビリをしてもらっているというのが、父親から感じられない。どういう教え方をしているのか、みてきて、盗みたい。父親に教えたくってウズウズしているんだけど、勝手な教え方をして、間違った方向に行くのもイヤだし、様子をみてみようと思っていた。イロウをするかしないか、というのは誰が判断するのか、看護士さんに尋ねたところ、担当の言語療法士さんだという。「食べている所とか見ることもせず、看護師さんが集めたデータを見て決めるんですか、」って言うと(これを言ったその日の夕食、言語療養士が父親の食べ具合を見にきていた)、「言語の先生は、朝ごはんの時、見にきてますし、嚥下も担当されていて、朝ごはんの続きで、水分取ったり、それに時間かかったりしているので、くい込んだりしています。」「じゃ、言語のリハビリはできてるんですか。」「そうですね、今のところ、出来ているとは言えないですね。」そんな風に聞いたので、カンファレンスまでにはどうしても、1回みておきたいと思った。そういうワケで、12日目の昨日、言語、抜き打ち見学に行った。金曜の言語見学、朝9時から40分間、おじじはほとんど、寝ていた。まだ、検査の段階だった。あたしが読んだ本に書いてあった検査とほぼ同じ。昨日はこれをしましたって、その検査の一部を見せてくれた。先週はほとんど寝ていたので、時間帯を考え直そうかと思っていたんですけど、今週、火、水、木、は起きていてくれたので、もう少し様子みて、また、あまりに寝るようだと、考えます。」まだ、検査段階ってどうよ、って感じ。おじじも、寝てちゃ、リハビリにならないよ。あたしから、言わせると、ま、寝ているし、仕方ないっか的、だったんじゃないかな。リハビリが進まないから、こうしようとか、緊張感がなさそうだったので、見学したら、少しは緊張感が出るかな、とか、おもって。ーーーーーーーーーーー水分の件。最初の1週間は鼻から胃に管を通していたので、水分どうとか、飲まないどうとか、とかならなかった。鼻からの管を父親が抜いてしまってから、看護士さんは、なんしか、水分をとる期限を決めたがる。12日目(金曜日)、3時までに500cc飲まなかったら、管いきます、とのことだった。3時までに300cc飲んでいたので、時間を延長してくれて4じ30分作業療法までに後残りを飲めば管免除、飲んでいなければ作業療法の前に、管で飲む、となっていた。けど、管が来る前に、作業療法のリハビリのお迎えが来て、4時30分にリハビリに行った。5時30分リハビリ終わって、部屋に帰ると、別の看護師さんが来て「今日はもう、500cc近く飲めているので、管はしなくていいです。」看護士さんと、おじじと、あたし、手を叩いて、喜んだ。喜んだものの、なんでそう時間をきるのか、と思っていたし、なんだか看護士さんの帰宅時間に合わしているような気もした。看護士さん達も忙しくて、出来ることなら管をしたくないんだ、って理解した。13日目(土曜日)看護師さん達のノルマは3時までに500cc(800ccだったのが昨日あたりから500ccにかわっていたみたい)。お昼12時頃に行くと、看護士さんが「朝水分とれていないので、3時まで500cc飲めなかったら、管、することになります。」って。3時間で500ccも飲むワケない。昼食のとき、ミルクを70cc飲んで、もういらない、と言う。で、1時頃、看護士さんのチェックが入った。「70くらいしか、飲んでないし、3時までに500ccはどう考えても無理なので、管、してもらうことになると思います。」また、1時間くらいして、チェックが入った。140cc位。でも、とうてい500には到達しないので、「無理だと思うので、管になってもいいです。」3時くらい240cc。で、また、チェックが入った。12~3時まで、500ccの約半分を飲んだ。「3時まで」というのがどうしても気にくわなかったので、「がんばってますけど、3時までに500ccは無理ですし、昼から3時までの3時間で1日の水分をとらなきゃならないんですか。1日で取る水分が500ccということは、夜寝る10時くらいまでに500cc飲んだらいいんじゃないんですか。がんばって飲ませますけど、4時半まで500ccはちょっと無理だと思います。」のような事を言ってみた。すると「500ccでも少なくしているんですけどね、じゃ、もう少しみてみますか。」少しして看護士さんがまたやって来て「夜8~9時くらいまでに500ccとれなかったら、管、することにしました。お年寄りって、ガブガブ飲まないですものね。」そのかわり、私は12時~8時まで8時間、タイミングを見計らっては、湯呑みを差し出し、写真集を見せて、見終われば、ゼリーを差し出し、マッサージし終われば、バナナオーレを差し出し、寝て目醒めたら、お水を差し出し、今日1日、それだった。結局、父親のため、看護士さんのため、8時間、おじじにつきまとった、って感じ。今日、管にしてもらっても良かったんですよ、ほんと。だから最初から、無理だから、管して、って言っているのに、看護士さん達も、時間とられるし、患者に嫌がられるし、実際やりたくないんですよね。やらないで済むと、ホッとしているようですもん。でも、こんなの続けられないですよね。おじじが自分の飲みたい時に自分で飲めるようになれば、いいんだけど、なるんだろうか。ーーーーーーーーー13日目(2/16 土曜)いつもより行くのが遅くなった。おじじ、顔を上げて、テレビの上に置いてある時計を見て、「○○○、もう12時やぞ。」と怒っている風だった。(そんな感じに聞こえただけで、そうハッキリ言ったワケではない。今日、おじじ、頭がハッキリしていたのか、受け答え、復唱、出来ている時が多々あった。看護士さんにも、理解できたのもあった。尋ねられたことに対して、理解してもしていなくても、首を縦に振るんだけど、今日は、首を横に振るのも何回かあった。おじじは、私達がどちらかが病院にいるなら、病院もまんざらでもなさそうにも見えた。姉と私が2人とも病院に居合わせて、私達がいっしょに帰ることになると、イヤみたいだ。一人づつ帰ってほしいようだ。どんな仕事でもそうだけど、性格がでる。看護師さん達も、例に漏れず。その人個人の性格と職業が作り出す性格と、合体して、人間っておもしろい。はじめに言葉ありき。人間が人間であるところの言葉を無くす。普段はまったく気に留めていないし、なんとなく当たり前で生きてきたけど、人間の手首ってあらゆる角度に曲がるし、腕にしても、腕の付け根、とにかく、高度だ。脳と切り離された手首を動かしてみて、そう感じた。今日、マッサージの流し、が来た。彼は、きっと、この病院のアウトローだ。ーーーーーーーーーーーとにかく、こうこうこうで、と、訴えると、それなりに、敏速に対応してくれる。だから、面倒臭い家族、に、なることにした。ーーーーーーーーーーー14日目(2/17 日曜)やっぱり水分と戦っている。今日も1日、タイミング見計らって、飲み物差し出す1日だった。看護師さん、今日、日曜で当番が少なくて、急がしいので、「水分どうですか攻撃」をあまりされなかった。12時頃から夜8時頃までに500ccというのも、かなりしんどい。発症前、ガブ飲みしていたのは、夜に飲むミルクくらいのもので、寝て起きては一口、起きては一口、薬で2口、チビリ、チビリと飲んでいたので、急に食事時に200cc飲んでと言われても、嫌がるばかりで、どうしようもない。ストローのついた容器にお茶を入れて、備え付けておこうかなとも、思うけど、トロミのある飲み物をストローで自分一人の時でも飲めるか、飲めた若しくは飲みたいと思ったとしても、咳き込まないかなと思うので、まだ、もう少し、様子みることになりそうだ。姉が果実汁100%のゼリーを作ってくれると言っている。それが父親の口に合えば、かなり楽に水分取れることになる。お茶とか、父親の好きそうな飲み物、ぜ~んぶ、ゼリーにしちゃえ!って感じ。そうすると一挙に水分取れるし、咳き込まずに済むし、これからもそうなるんだから、試してみることにする。(小芋さん、教えてくれましたよね、その時が来ないとわからないもんですね。どうもありがとう。)本人も飲み物飲むと咳き込むのが本能でわかっていて、イヤがっているのかもしれない、と、今思った。ーーーーーーーーーーーー立ったり、座ったり、指を動かしたり、喋ったり、食べたり、飲んだり、筋肉の1本1本、脳の働きのスゴさを実感している次第。ーーーーーーーーーーーこの1週間。一人でベッドに腰掛けたまま、倒れずに数分座っていられるようになった。言葉、状況判断的な感じだけど、ちゃんと応対になっている時が多くなってきた。短い言葉の復唱というのかな、尋ねられたとき、それをオウム返しに言えたり(ちょっとモゴモゴしているけど)する時がある。しかも語尾を否定形に変えて言えたこともあった。何かを尋ねられて、首を横に振ることも2、3度。今週は水との戦いだった。ーーーーーーーーーー父親って、ほんとに性質がいいな、と、つくづく思う。喋っている言葉がわからない(口うるさく言わないし、もしかしたら言っているのかもしれないけど)のが、功を奏してるんでしょうかね。姉と話すのだけれど、自分がこうなったら、どんな風になるんだろ、って。性格まるだしになるワケで、まったく予想がつかない。また、明日1日。
February 17, 2008
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今日はこのMacご機嫌いいのか、サファリも立ち上がって、ページを更新しても、注意!が出てこないし、ジジジ、ジジジって音もしなくて、立ち上がり時間も少しましになった。何もしていないし、もともと容量の大きいソフトなんてインストールしていないし、動画を取り込んでいるわけでもなし、急にどうしたんでしょ。今週はゴタゴタしていて、話も複雑で書く事がまとまらなくて、長くなってしまった。今週金曜日の担当療養士さんや看護師さん達とのカンファレンスが来週の火曜になった。ーーーーーーーーーーーーーーー戦うリハビリなんだけど、父親、戦う持久力がほとんどない。もともと健康な時でさえ、食事の量も少ないし、一日中ゴロゴロ寝たりテレビをみたりで、ここ数年間でがっくり筋力も落ちて、ちょっと動くとはぁはぁ、歩くのも3分と継続して歩けないくらい体力のないものが、自分の半分の体重を背負って片足、片手、そのうえコミュニケーションがとれない、そんなものが、急に戦えない。この病院のリズムと父親のリズムには差が大きすぎると感じている。少しは無理をしないとよくならないのも、わかっているけど、とにかく、普段の様子を見てきた私には、この開きは、83才にはきつすぎる。ーーーーーーーーーーーーー入院時、父親の一日の行動はどうでしたか、って、尋ねられて、ご飯の時間や1日どうして過ごしているとか、タイムスケジュールに記している。数日前まで、看護師さんも療養士さんも、まったく、父親がどういう生活していたとか、しらなかった。結局、入院時に話した内容は記録されているだけで、活用していることではなさそうだ。そういうことが段々わかってきたので、担当療養士さん、看護師さん、などに、少しづつ、父親の普段の生活や習慣を、何かある度に話すようにした。ーーーーーーーーーーーーーー水分の話。私が思うには。父親のようにいろいろなことを活動的にしていない高齢者。たぶん、新しいことや、いままでにしたことのないこと、そう言う慣れないことを受け入れるのには、かなり時間がかかるし、無理してまで新しいことをしたいとも思わない、じゃないかな。父親だけかもしれないけど。発症前、食べ物も、いままで自分が慣れ親しんだものでないと食べなかったし、何回か食べた事があるのに初めてだと思っているようだった。とにかく、いままでしてきたこと、習慣づいたことはやりやすそうだった。そう、思っていたので、水分の取り方も、家でやっていたように、やろう、と思った。父親が使っていた湯のみ茶碗。夜に飲んだミルク。自分で飲みたい時に飲めない。時かまわず差し出していても、いやがるし、強制っぽくなるので、飲みたいと思っているだろうな、と、思う時、例えば、目が醒めた時、何か作業が終わった時、そういった物事の区切りに、ささいな区切りでも、湯呑み茶碗を差し出す。湯呑みは陶器なので、私が居ない時は使わない。って決めていた。なんとしても、自然に飲んでほしかった。だって、私や姉がすすめても飲まないし。ほら、ゼリーだ、プリンだ、ジュースだ、ミルクだ、って。こんなに食べ物、飲み物、食べさせて、そのうち、下痢になるんじゃないかな、と、思っていた。(発症前も食べ過ぎが続くと下痢になったし)タイミングはかって、湯呑みを差し出すと、突き返されずに、一口二口飲んでいた。そうこうしているうち、看護士さんに、姉が言われた。陶器は危ないので止めて下さい。もう、私ががんばるの、やめた。がんばっていても、そう、無下に阻止されるし。看護士さん達にがんばってもらうことにした。彼女らが何度も何度も言っては飲ませるを続けると、父親も何か飲まなきゃならない理由があるんだろうな、って察してくるだろうと思って。ーーーーーーーーーーーーーーやっぱり、父親、下痢になった。食べ物、食べろ、食べろ、カロリーだ、水分だ、って、普段食べていた量の1.5倍くらい食べていた。ここ2日ほど、お粥ばっかり食べると思っていたけど、父親、自分で調節出来るんだ。父親が下痢になって、はじめて、私の言っていたこと、考慮してもらえる。ーーーーーーーーーーーーーー昨日理学のリハビリ見学した。(リハビリ見学、入院時に、見学はできないことになっている、他の患者さんの個人情報とかにもなるので、と言われていたので、見学していなかった。担当の作業療養士さんが部屋に見えた時、いろいろお話して、見学に来て下さい、って。いままではこういう状況なんて考えたこともなかったので、何の意見もなかったけど、コミュニケイションに障害がある人には付き添い可、にしておくべきだ。)理学療養士さんが、「○○さん。」って起こそうと父の名前を呼んだら、父親が、人差し指で下瞼を下げた。そうすると、療養士さんは、「アッカンベーや。」と言った。私は、こりゃいかん、と思って、父親のその行動(父親は寝ていて起こされた時、自然には瞼を開けにくいので、アカンベー、にして、自分の目を開ける癖があること)を説明した。わたしが思うには、昨日まで、父親は名前を呼ばれて起こされると、所謂他人が言うところのアッカンベーをしていたんじゃないかな、と。アカンベーと受け取るか、目を開こうとしていると受け取るか、で、人の気持ちが180度変わる。で、今日また理学リハビリ見学した。リハビリの時、寝てばっかりの父親。とうとう、その理学療法士さん、「今日、まず、少し刺激のあることからします、どれがいいかやってみます、」って。もっと前から考えておけよ、もう、10日も寝てばっかりのリハビリなんだぞ、ってちょっと言いたかった。今日は、頭が割合起きていたので、ちょっとあぶなっかしいけど、支え無し自分で1、2分座っていられた。ーーーーーーーーーーーーーーお昼前に病院にいくと、父親は車椅子に座ってテレビの方を向いている。車椅子には倒れ止めテーブルが設置されている。椅子とそのプラスチックのテーブルの凹に挟まれて座っている。お水を飲め、飲まない、の一悶着の朝ご飯の後、あたしが行くまで約2時間、そうやって過ごしているようだ。私が行くと、開口一番(ジェスチャーですけど)は、これ外してくれ。療養士さんのスケジュール、看護師さんのスケジュールもあるから、午前中のその2時間ほどの拘束状態(たまに、横にならせてもらっている時もある)、かなわんわ、と言った(状況判断ですけど)気持ちがわかる。でも、誰もしたくて、しているんではないし、他の皆さんもそうやって通ってきた道なんでしょうけど、自分の要求を声に出して、伝える事が出来ない父親は、どうなんでしょう。わめくこともせず、怒りまくったり、何かを投げたり、蹴ったり、そんなこともせず、従っている父親が不憫で仕方がない。ーーーーーーーーーーーーーー今日、部屋掃除の時間、部屋に居られないので、父親と車椅子散歩した。全部回ると広いんだけど、父親の棟の同じ階をくるっと回ってもまだ時間があったので、棟と棟を繋いでいるちょっと広い廊下の長椅子に座って車椅子を前に止めた。止めてじっとすわっていると、父親は、何か言っては泣き、何か訴えては泣いていた。言ってることがわからない。ーーーーーーーーーーーーーほんと、いろいろ、むずかしい。
February 14, 2008
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みなさんに励ましてもらったり、教えていただいたり、いろいろ調べたいことが出てきている矢先にコンピューターがおかしくなった。今までで一番必要になったと思うときに何なの、っていいたい感じです。ディスクがいっぱいでどうたらで、メールのソフト以外は立ち上がらない。サファリもエキスプローラーも立ち上がらないし、これは、ネットカフェから書いています。車で10分ほどのところにネットカフェがあるんですが、そうそう、立ち寄る時間もないので、更新がどうなるか、わかりません。みなさんのコメント、ほんとうに励まされています。ほんとうにどうもありがとうございます。簡単なコメントへのお返事ですみません。なんだか、自宅で打っているように落ち着きません。なんか、焦ります。早く家に帰りたいと思っているからかもしれないですけど。いま、水分摂取と戦っています。わたしは父親に自分は幸せだと思ってもらいたいです。時間も遅くなるので、また後日。
February 12, 2008
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今日は、リハビリが全くないし、午前中は車椅子に座っていたらしいので、昼から、何をするのもイヤそうだった。瓶の牛乳を差し出したら、2口くらい飲んだ。お昼ご飯の時、お水を差し出すと、手で向こうへやれ、の合図をした。で、昼食の後、飲むヨーグルト、やってみたけど、やっぱり、いらない、って。今日病院に行って、最初のうちは、あたしが飲み物差し出すと意地でものまないぞ、の雰囲気があった。で、30分前のことは忘れてるかなぁの頃に、家で使っていた父親専用の陶器のコップを持っていって、普通のお水を入れて、差し出すと、2、3口はそう嫌がらずに飲んだ。どうも病人扱いされているのが、気に食わないのかもしれない。自分でお茶なり、お水なりをコップに入れて飲む事ができないので、こちらが頻繁に勧めることにした。いままで父親が自分で飲んでいた時のようにして、様子をみることにした。以前も、こちらの言うことを聞いてくれているな、と、思えば、どうしても譲らないところがあったけど(←これって、誰でもですね。)、やっぱり、以前とほとんど変わっていない。ーーーーーーーーーーーーー今日、大便意の予測が当たって、ちょっと、うれしい。寝ていた父親が急にパッチリ目を覚ましたので、起き上がらせたら、いきなり脚をベッドから降ろそうとした。大便のような気がしたので、「ウンチ?」お尻をポンポンと叩いて尋ねた。頷くので、看護師さんに連れて行ってもらった、大成功。看護師さんを待っている間、靴を履かせながら「早く来てほしいねぇ、遅いと出てしまうよね。」というと、笑った。日曜日は看護師さん不足で、ナースコールを押してもなかなか来てくれない。父親の場合、家でのいままでの様子から考えると、早く来てくれないと、間に合わないだろうなぁ、と、思っていたけど、やっぱり。トイレ直行用の椅子に座った時点で、下を覗いたら、もう、顔を出していた。ーーーーーーーーーーーーベッドから、車椅子に移る時、すごく、上手になって、自分の左足に力が入って、すごく、楽になった。出来るだけ、すぐに座らせないで、「自分で立って」と言って、父親が自分で立っている感を私が感じたら座らせるようにしている。今日も上手だった。ーーーーーーーーーーーー家にあった、盆栽の写真集を持っていって見せた。1ページ1ページ、よくみていた。シンパク(漢字忘れた、松の種類のひとつ)の所にくると、枝振りを指でなぞって、ふんふん、とは、言ってないけど、そういう感じで、見ていた。普通なら、うるさい程講釈を聞かされるような写真集なんだけど、一言も喋らなかった。どういうこっちゃ。写真を見て、キュッと頭を下げて、写真の下に書かれている説明文(2,3行)を見る。まるで、そうするのが癖かな、と、思う程、その動作をした。(だって、読めないんだし)ーーーーーーーーーーーー口にお水を含ませて、くちゅくちゅ、ぺっ、が出来た(これは昨日のこと)。くちゅくちゅ、ごっくん、も、今日出来た。くちゅくちゅ、する時、麻痺の右のほうから、お水が少し飛び出るけど、気になる程でもない。ーーーーーーーーーーーー車椅子に座った時、ベッドに敷いてある尿漏れパッドがシワになっていると、手を伸ばして整えようとする。掛け布団も畳むように合図するけど、キチンと畳めてないと、気に食わない様子。寝ている時も、パジャマの上着はピンと下に引っ張っておかないと気が済まない様子。ズボンは捲れ上がっていたら、手で直している。テレビのイヤホンのコードがむやみに垂れているのがイヤで、くるくる巻いて、手に持つ。これは、前の病院のときからそうだった。けど、何から何までキチンとしておかないといけないようだ。姉が言っていたけど、言語の検査の時、先生の言うこと聞かないで、何枚もあったカードを同間隔に並べていたそうだ、で、先生が、それですか、と尋ねたらしくて、姉が、カードをキチンとならべているんだと思います、と言ったそうだ。ーーーーーーーーーーーーまた、一日。
February 10, 2008
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今日はうってかわって、私もおじじも不調。本やインターネットで、失語症や高次脳障害のことをいろいろ調べていると、どう考えても、あと何年生きることができるかわからないような老人に、何単位、若い人でも2年も3年もかかって、やっと社会に復帰できるかなぁ(それも受け入れてくれるようなところがあればの話)と、言うような気の遠くなるような話(若い人の社会復帰とはまた違う社会復帰だけど)だし、しかも、超高齢で回復するかどうかも定かでない、って、思ったりもする。毎朝、9時頃から、言語のリハビリがある。けど、朝はどうしても間に合わないので、どういうことをしているのか、まったく知らないし、その様子や出来具合の説明をしてもらっていないので、どのくらいの重度かよくわからないけど、いろいろ調べていくうちに、予想できてきた。言葉、読み書き話す聞く、ほとんど理解していないだろうな、とは思っていたし、自分の憶測だけだからという理由で希望を残しておきたかったこともあったし、実際理解していないのを目の当たりにする事から少々逃げていた。今日、とうとう、どれだけ漢字が理解できるか絵と漢字を組み合わせる自習問題を見せた。さっぱりだった。それを目の前にして、残されていた私の心の中の僅かな希望がふしゅしゅと消えてしまった。これから、このおやじ、言語聴覚士から、どれだけ習得してくれるんだろか。失語症友の会から、失語症の人のための失語症の説明の本が出版されているので、購入しようと思っていたが、今の状態だと、読めそうにない。自分で学習する問題など、ダウンロードして、父親と練習してもいいな、とは、思っているものの、父親はそれをどこまで認めるだろか。今日、数枚を見せてはみたものの、じっと眺めて絵をみて自分で納得していた。自分でそれが何であるかは、知っているのに、声に出しても、それを人に伝えられない。そういうことが起こっていると言うことでさえ、まだ、認識していなようだった。水分も口から充分に取れない。取れないなら、鼻からカテーテルしなきゃならない、ということもいまひとつ伝えきれないでいる(本人はそれをわかっているかどうかわからない)。今日、看護士さんから、これが後1週間つづくと、今度は手術して、お腹からカテーテルを入れる、それは、家庭でも簡単に水分補給できるし、水分がとれないのは、排尿の関係から、他の疾患が発症する可能性があるので、そうすることになります、と告げられた。口からお水を飲まなきゃならない理由が納得できれば、そうしない人ではないので、理由を父親に説明したいのだけど、説明の仕様がない。で、そう告げられたので、無理矢理、トロミお水を薦めたら、コップを取って、「こんなものは飲まん。」とでも言いたげに、ゆっくり床にトロッとしたお水を流した。明日、絵を描いて説明してみよう。それと、飲むヨーグルト、ミルク、煎茶、など味がついたモノ飲めるものは何でも、試してみる。理学、作業療法、ともに、今のところは、詳しい説明でなくても出来ることなので、ボチボチ進んでいるようだけど、これがまた、複雑になってくると言葉が障害となりそうだ。私の希望1. 水分を充分とる。2. 尿意や便意を知らせられる。3. 生活する上での最低限の伝達と理解ができるようになる。4. 自分で座ったり、起き上がったり、できるようになる。気をとりなおして、明日もまた一日。
February 9, 2008
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おじじは寝てばかり、とのことです(少しはマシになってきた様子)。1. 夜寝て、昼間は起きている:今までの習慣が抜け切らないので、リハビリの時でさえ、横になると寝る、車椅子でも寝て、夜中に起きているらしい。で、看護婦さん達、父親を昼間起こしておくのに苦労されている様子。2. 水分をとる:やはり少し嚥下に問題がある、普通のお水やお茶だと咳き込むので、少しとろみをつけている。けど、それだと、父親は進んで飲もうとしないので(というか、自分で飲みたい時に飲むということがまだできない)、鼻から胃に直接水分摂取している。3. ご飯をしっかり食べる:食事はよく食べるようになってきた。これらが今の目標。(父親にしてみれば、回りが勝手に作った目標なのかもしれないけど)リハビリと戦うための基本となっている。ーーーーーーーーーーーーーーーーやっぱり、ずっと病院にいてほしいようで、リハビリをして帰って来た時誰かがいないと機嫌が悪いっぽいーー同室の50代の男性(たぶん父親と同類の疾患)は、ここに来て4ヶ月で、もうすぐ退院されるらしいけど、怒ってばかりらしい(奥さん曰く)ーーわたしは出来るだけリハビリ終わって帰って来た時、そこに居ておきたい、というのは、その時でないと、リハビリの話ができない。後になって、あの時のリハビリどうやった?というような質問は機能しないから。それにその時を逃すと会話に困る。その時の状況の話でないと、対話にならない。ーーーーーーーーーーーーーーーー今日病院に行くと、姉が既に来ていて、「今日は寝ずに集中してテレビをみている、必殺仕置き人みて泣いた」って。わたしが行った時、父親はテレビをじっとみていた、国会中継。今までも家でよくみていたけど、今になって、言っていることわからなくなって、どういう気持ちなのか、どうして理解できないんだろうかとか不思議がっているんだろうか。英語を聞いてもさっぱりわからなかった時、人が話しているのを聞きながら、いつかはわかるだろうか、わかる言葉を探して、聞いているうちに話の内容が見えてくるだろうか、とか、思って、ひたすら聞き耳立ててたことを思い出した。ーーーーーーーーーーーーーーーーー写真をまた見せた。最初の病院の時は、何を考えているのか、じっと眺めていた。また今日、同じ写真を見せたけど、「もういい」って感じで、少しは見たけど、向こうへやってくれ、の合図をした。今のこの家の写真をみせたり、庭の写真を見せた時も無反応だった。わかりきったモノだったのか、記憶にあるモノなのか、ないモノなのか、なぜその写真をみせられているのか、認識できるモノかそうでないか、というのがこちらに伝わってこない写真がある。私の年代なら、写真はいっぱいあるけど、父親の年代だと、そうたくさんの写真がない。父親が若い頃は忙しくって、いっしょに何処かに行ったとかもあまりないし、写真を撮っていても、父親が入っていない。あっそうか、父親が写真を撮っているんだから、私や家族が写っているだけでもいいんだな。ところが、懸念している。母親の写真。母が亡くなって数年経った頃、あれだけ大切にしてきた母(父の配偶者)を嫌いになりはじめた。ーーーーーーーーーーー漢字にしろ、写真にしろ、こちらが言っていることにしろ、どれだけ理解して認識しているのか、よくわからない。ーーーーーーーーーーまた、一日。一週間単位で父親の回復を見ていく。そうすると、回復具合がよくわかる。特に、高齢者はそんな感じだって。
February 8, 2008
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1日目はバタバタ。2日目もバタバタ。3日目の今日。ちょっと要領が呑み込めて、なんとなくしっくりきた。すごいですよ。昨日1日、ベッドから車椅子に移ったり戻ったり何回もしたことと、リハビリで教えてもらったのか、ものすごく上手になっていた、父親。今までほとんど人頼りだったのに、父親の脚とか体の力の入れ具合がうまく出来ていて、ぜんぜん今までとちがって、あんまり楽だったので、びっくりした。(自分で出来る気になっている風です。そんな時が危ないらしい、自分で出来ると思って、やってしまうらしい。そして、こけたりする。)で、今日、リハビリに出かける時も、さっそうと向かった、それを見送って帰ったので、リハビリから帰って来た時の状態はわかりませんけどね。それと、今日お昼みた限りでは、かなり頭が冴えてきているようだ。言っていることは、ほんとに、わからないけど、ああでもない、こうでもないと、いままでみたいに、講釈を言っている感じだった。50音になってなくて、イントネーションでしゃべっている感じ。これで、音が正しければ、普通なんだけど、これって、もどるのかなぁ、よくわからない。聞こえた事が理解できないで、むちゃくちゃだけど話すことが出来るってタイプはなかなか手強いって書いてあったように思うけど。。。今日、状況判断だけど、かなり通じた。これがまた、通じた気になるとうれしいし、楽しい。昼食含めて4時間ほどおじじと付合ったけど、なかなか、よい、って感じ。ケアワーカーさん、看護士さん、療法士さん、いろんな人と出会えて、おじじの生活自体に活気がでてきて、慣れればかなり楽しいかもしれない。車椅子にも、自分から進んで乗るって言い出すし、自分で動けるように、車椅子に乗って、脚で漕いで前進したりバックしたり、するのを促した(ほんとは、素人がそんなことしちゃいけないんでしょうね)。そしたら、やってました。今日お昼はかなり絶好調だったけど、明日はどうだろ。なにせ、老体、がんばりすぎて、今度は他所の故障ってことにならないように。看護士さんたちはかなり忙しそうで、だからですかね、ケアワーカーさんもかなりの人数が働いている。みなさん、一生懸命動いているようだけど、ケアワーカーさんのほうが全体的に心に余裕があるように見える。看護士さん、きっと、受け持ち患者さんが多すぎるんでしょうね。それにまた今日一人新しい顔ぶれ、わたしは、マッサージの流し、と密かに名付けた。部屋に残っている患者さん達に、マッサージを施しながら、各部屋を回っているらしい。患者さんが部屋に居るってことは、暇(リハビリがはいっていない)なので、その時間を使って、筋肉をほぐしに回っているそうです。有り難いです、何もしていない(次のリハビリまでの待ち時間ってことになる)時にそうしてマッサージにきてくれるんですから。その療法士さんの話によると、6年前からこの体制がとられたそうで、それ以来、この病院のこの1角を流している(これはわたしの言葉ですけど)そうです。すみません、施している、です。その方曰く、この体制になって、早く患者さんを退院させることに病院がやいやいうるさくなりました、とさ。何がともあれ、これは、ほんとに有り難いです。わたし、やってみたいと思う言語聴覚士ですけど、あの先生、やっぱり、キリキリしすぎです。いつみても、難しい顔してますもん。もっと心に余裕をもちましょうよ、って、言ってあげたくなる。それだけ、仕事に対して真剣に取り組んでいるんでしょうけどね。嚥下も担当されているから、全部自分に責任がかかってくるし、かなり難しい立場なんでしょうし、極めて慎重に対処しているんでしょうね。読んだ本の内容からだけの知識ですけど、失語症者さんってほんとストレスのかたまりですよ。頭の中はしっかりしているのに、まったく(人によって違うんでしょうけど)通じないんですよ。それなのに、あんな難しいしかめっ面で話しかけられたら、それだけで、患者さんは萎縮しますね。自分の威厳を保ちたいのか、性格なのか、どうでしょね、だからといって、その言語聴覚士として能力が劣っているとかに繋がるってこともないでしょうけど。でも、これもまた、大変な職業ですね。患者さんにも、いろんな方がいらっしゃるし。明日はどんな展開になるんだろ。
February 6, 2008
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新しい病院第1日目。患者さん達がそれぞれの家庭に戻っても自立して、それぞれの患者さんとその家族の方々が目指している目標に少しでも近づけるように療法など計画立て治療していく、とのこと。まず外来患者として診察してもらったけど、その時の医師、まったく、嫌いだった。その医師は患者が入院するとわかっているし、体裁で流れ作業的に診察らしきことをして、外来から入院の形式を取っただけなのかな、の感じ。言語聴覚士の先生(姉が言うには、この病院の言語聴覚士の主任的存在かも。若い女性。)、んー、あの本を読んだからかもしれないけど、んー、なんとも。第一印象は、良くない。看護主任さん、明るい意欲的な説明を流暢にして下さったけど、同じような説明を何百回とこなして来られたんだろうなぁ、と思った。担当看護士さん、よくわからないけど、患者の家族が側についていられると、かなりやりにくそうで、介助なりしているところを側で見られるのに慣れてない感じ。1日、なんだのかんだの、ねほりはほり、同じような事を100回ほど(100回はうそです、5回くらいは聞かれました)聞かれて、答えて、かなり、うんざり。医師~担当看護士さんまでひととおり家族構成だの発症のことなど説明した。言い伝えやカルテからだけでなく、家族や患者の口から直接聞いたほうが間違いなく下層部まで伝わるから、うんざりもしたけど、それはそれでいいです(それを活かしてくれたらですけど)。で、朝早くからほぼまる1日、退院、入院の作業にかかって、自分の勉強(仕事)の時、居眠りして、ほんとうに、すみません、だと思った。第2日目。リハビリ専門病院はほんとにリハビリ専門だ。リハビリすることに夢中な病院で全患者さんのリハビリを段取りよくこなすことに命をかけている、というような、印象。男性で障害のある人などの手助けをしようと志している理学療法士さんとかって、基本的に根がやさしいのかな、という印象。父親の部屋に父含めて4人。50~60才くらいの方、30~40才くらいの方、70~80才くらいの方。みなさん、半身麻痺、失語症は父親とたぶんもう一人。後の2人は失語症っぽくない。この病棟は半身麻痺の方ばかりのようで、廊下は歩く練習の患者さんと車椅子が右往左往している。父親もそれくらいの程度まで出来るようになればいいなぁ、と思いつつ眺めていた。体の不自由もなく自分ちで過ごしていた時でさえ、こんなに活動的じゃなかったうえに、のんびり悠々自適の休養型の病院生活から、いきなり急がしいリハビリ生活になった父親の内心はどうなんだろう、自分の体がおかしくなっているって、やっと気付き始めたところなのにね。そういう部分を病院は割合無視、っぽく見えて仕方がない、病院側の個々の患者に対する対応がイマイチ見えないってことかな、けど、この病院はそういうモノなのかも、リハビリの専門病院なんだしね。特別養護老人施設とかのほうが良かったのかなぁ、とか、思ったり、いやいや、ここで鍛えてもらってある程度自立できるようにがんばれ、と思ったり、80なにがしの体力もそうない老人がそんなに無理やりリハビリに精出させるのも可哀想かなぁ(イヤがっているのか頑張る気があるのかハッキリわからない)、と思ったり。ま、とにかく、1歩進んだことだし、様子をみてみる。
February 5, 2008
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また、1週間、第4週目(1ヶ月と1日)かなり落ち着いてきて、ワケの分からない行動はほとんどしなくなった。頭がはっきり、というか寝ぼけていないときは、かなりはっきりしている、見た目もほとんど今までと変わらない。けれど、言いたい事がこちらに伝わらないし、こちらの言っている事も理解できないようだ。状況判断は以前とかわらないくらい的確にできている。かなり機転がきいている。ほんとうに、言葉だけが、わかっていないようだ。記憶がどこまで確かなのか調べようがない。失語症って、ほんとに、なった人は路頭に迷うんだろうな。どういう世界なのか、ほんとにわからない。本によれば、まったく知らない言葉の国に、いきなり放り込まれた、字をみても読めない、言葉を聞いてもわからない、けど、手振り、みぶり、状況判断で出来る事もある、そんな感じらしい。けど、基本となる母国語が機能を果たさないから、それを使って情報を得たりすることが出来ないのが、まず、違うらしい。右利きにとって、ひらがな、かたかな、数字などは、左脳が司っているので、読めない。漢字は表意文字なので、読み方はわからなくても、おおよその意味がわかる漢字もあるらしい。父親に漢字を見せたりしたけど、どれの意味が理解出来て、どれが出来ていないか、判別つかない。それに、父親本人がこの状況をどう把握しているのかも、まだ、見えてこない。質問されているのか、ただ思ったことを言っているのか、わからない。これ、どうなったのかなぁ、とか、首をかしげて、何か言っている時、答えようがない。悲しいかな、ほんとうにわからない。自分ひとりで納得しているような口調の時は聞いて頷いていてあげればいいけど(消極的な内容だと頷いているのもどうかと思うけど、実際反応のしようがないんです)、何か不安だったり、問いかけられている感じの時は、ほんとに、どう返答しようか、と、思う。脚のマッサージをしたり、ごはんを食べたり、何かしている時とか、いっしょに何かをしている時の発話はわかりやすい。それについて、話しているに違いないのだから、こちらの頭をフル回転して聞いていると、やってほしいことや感想など、音のイントネーションで理解できる。そんなときは、ほんとに、うれしい。後から考えると、状況判断でこちらの思い込みなんだろうか、とか、思うけど、その時は、ほんとうに、そう、聞こえるのだ。先日から、確認できた言葉とうか音「ぜんぜん」「ひっぱって」「難儀やな」「おまえ」「そんなのいらん」「~ちがうんか」「もう~」他にもあったけど、覚えていない。状況判断だけが今のところの意思疎通手段となっている。そう思うと、口癖やよく言うような内容や表現、そういうことをよくわかっていれば、なんとか理解できることもある。だから、家族でその人の癖や習慣など(家族でも口数の少ない人はわかりづらいだろうな)普段からよく把握していると見えてくることも多々あるように思う。いままで意思疎通が出来ていない人には、さっぱり見当がつかないだろうし、また、当事者だけで理解できることもあるように思う。父親は高齢だし、普段も何もしていないし、知らない人とコミュニケションを取ったりすることもそうそうないし、どうしても新しい知識を取り入れたりする必要もないし(って、本人は知る事好きなんだけどなぁ)、学校、会社に通っているワケでもないから、ある程度の人とコミュニケイションがとれて、テレビを聞き取れたらいいくらいのものだろうけど、もっと若くして失語症になった方達は、ほんと大変だろうなと思う(失語症に限りませんけど)。父親が一生懸命何かを説明しようとしている、じっと聞き耳たてて、じっくり聞いて、頭フル回転させているのに、まったくわからないと、涙がでそうになる。言ってもわからないけど、ごめんよ、わかれへんの、と小声で、言うしかない。失語症のすべてがわかる本 講談社 加藤正弘 小嶋知幸 監修失語症者、言語聴覚士になる 雲母書房 平澤哲哉著失語症者の在宅ケア 雲母書房 平澤哲哉著脳が言葉を取り戻すとき 日本放送出版協会 佐野洋子 加藤正弘と、これだけ、まず読んだ(4番目は途中)。そもそも失語症の存在も言語聴覚士の存在も知らなかった。最初は、父親の様子を見ていて、認知症との違いがよくわからなかった。4週目にはいって、ようやく少し呑み込めてきた。明日、リハビリ専門病院に転院。やっとこの病院に慣れたところなのに、また、慣れるところからしなくてはならない。今の病院は居心地が良かったし、どうだろ。けど、これも、また一歩かな。今日、父親のいる病室で、姉と私と、明日が遠足でもあるかのように、新しく買ったトレーニングウエァを父親に着せてみたり、これいる、これ要らないね、あれいるね、あれ要らない、と、転院する準備をしていたら、その様子をじっとみていた父親は、3人揃っているのがうれしかったのか、声をかけてきて、また、泣いた。おじじ、がんばれ。
February 3, 2008
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