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最近、パワーストーンのブレスレットしている人を多く見かけます。 また、パワーストーンを扱っているお店をよく目にします。
パワーストーンの効力(?)を否定するつもりは毛頭ありません。
言うに及ばず、 あまのざこ
もパワーストーンのブレスレットを当たり前のように左腕に着けていました。
しかし、今朝、パワーストーンの本来の意味合い(?)がなんとなく分かったのです。
あまのざこ
パワーストーンは友達だと思っていました、いや、今でも友達だと思っています。 だけど、今、身に着けているパワーストーンが、ある時から友達ではなくなったことをなんとなく感じていたのですが、それでも当たり前のように身に着けていました。 パワーストーンの力がなくなったのではなく、「友達」のパワーを必要としなくなった自分自身を感じていたのです。
その「友達(?)」との相性だけの問題なら、ショップ店員さんを頼る必要は一切ありません。 勿論、その店員さんを否定する気は毛頭ありません。 パワーストーンの効力(?)に関する知識は間違いなくお持ちですから・・・でも、相性だけならO(オー)リング・テストを行えば、誰でも簡単に見極めはつきます。
それよりも大切なことはパワーストーンを必要としない人生を歩めるように示唆することが大切ではないでしょうか?
もう一度、繰り返しますが、パワーストーンとの相性をショップの店員さんなどの他人に頼る必要などまったくありません。
むしろ、アクセサリーを扱うような気楽な感覚で扱えばと思います。 確かに友達であるパワーストーンの力を借りなければならない時もあると思います。
でも、それは一時的なものであり、パワーストーンを必要としない人生を送れるように示唆するのがパワーストーンを扱う人の使命ではないかと思うのです。
そして、その使命感がない限り、パワーストーンを扱ってはならないように思うのは飛躍しすでしょうか?
実は、今日の朝方にそのことに気付いたのです。
前述のように、当たり前のように風呂以外は常にパワーストーンを身に着けていた あまのざこ
ですが、そのパワーストーンは人体に存在すると言われている365ヶ所の急所の一つである小手の急所に当たっていることに気が付いたのです。 そして、いくら「友達」としての効力をなくしたパワーストーンとは言え、色々な意味で無防備となる睡眠中には少なからず影響を受けてしまうことが分かったのです。
先日のセミナーで陰陽師さんに教わった正しい眠りの方法である眠之行法を行っても「安眠」できなかったのです。 妙に意識が冴えてしまうのです。 同じく陰陽師さんに教わった瞑想法を試し、自分自身を見つめると左腕の急所に違和感を感じました。 もしやと思い、パワーストーンを外すとその違和感が嘘のようになくなり、深い眠りにと入れたのです。
人間は眠る時にだけ無防備になるのではありません。 「魔が差す」という言葉かあるように覚醒している時でも無防備になることがあります。その時に仮に「友達」でなくなったパワーストーンの影響も、違う形で受けてしまうようです。 つまり、その効力(?)を必要としない時にでも何がしかの影響を受けるような気がします。
乱立するパワーストーンのショップの店員さんたち人のうち、どれだけの人間がこのことを分かっているのでしょうか? ただ単に「売ればいい」と思っている人たちにパワーストーンを必要としている人たちの苦悩が分かっているのでしょうか? パワーストーンを必要としない人生が歩めるように示唆出来るだけの知識と能力があるのでしょうか?
それぞれのパワーストーンの効能を知っているだけで他人の人生に関与できるはずがないと思います。 その時々に必要な「友達」が分かった所で、それはО(オー)リング・テストと全く同じレベル、肝心なのはそれをどう扱うかだと思います。
改めて言いますが、決してパワーストーンを否定しているわけではありません。
パワーストーンが主体ではなく、自分自身が主体である
と言うことです。
あくまでも勝手な思い込みですが、パワーストーンが幸せをもたらしてくれるのではなく、幸せになろうと努力に努力を重ねた時にパワーストーンがほんの少しだけ力を貸してくれるような気がしてなりません。 だからこそパワーストーンを扱う人は謙虚であり、真摯であるべきだと思います。 扱う人に驕りがあったり、謙虚さを亡くした場合、パワーストーンは本来の力を発揮しないような気がします。
全てのショップの店員さんがそうだとは思いませんが、いつの間にかパワーストーンが全ての問題を解決してくれるかのごとく思いこんでいる人が増えてきたために、そのような扱いをするショップも増えてきたのではと感じます。
思い込みで講釈をしてしまいました。