あま野球日記@大学野球

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2020.03.22
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テーマ: 日本野球史(139)
カテゴリ: 日本野球史
​  ​​”流線形打線”(※)が当時注目された西鉄ライオンズ。これは巨人を追われて福岡にわたった ​ 三原脩 ​ 監督の作り上げたものだった。この肝である3番打者を担ったのが ​ 中西太 ​ 。しかし、彼の入団裏には、毎日オリオンズとの激しい争奪戦があった。​​

 それは1951年(昭和26年)に遡る。高松一高を卒業後は早稲田大進学を希望していた中西だったが家庭は貧しく、その進学費用に困っていた。そんな事情を聞きつけた三原さんは中西の早大進学費用を西鉄が負担する代わりに、卒業後は西鉄入りする約束を中西家としていたのである。

 ところが、突然に毎日オリオンズが横ヤリを入れた。同年11月のことである。中西の兄を抱き込み、契約直前まで漕ぎつけたのだ。三原さんはすぐさま高松へ飛び、中西の母を三日三晩説得し続けた。母は女手ひとつで、行商をしながら8人の子供を育てていた。学費は西鉄が持つにしても生活費は家族が捻出する必要がある。家計が苦しいことは明らかだ。

 毎日が参入したことで、早大で4年間過ごした後に西鉄入団といったプランは急速に現実味を失いつつあった。結果、三原さんは 現金を手渡し、母そして兄に対し高卒後すぐ西鉄への入団を承諾させた。その場に居合わせた 中西は大声をあげて泣いたという。早大進学、東京六大学野球で活躍したいという夢はこの瞬間、完全に打ち砕かれた。



参考:『魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ』(立石泰則著)



(※)流線形打線。以下、wikipediaより引用。
1950年代後半、西鉄ライオンズの強力打線の愛称。1番に一発もあるバッティングの巧い高倉輝幸、2番に強打者・ ​ 豊田泰光 ​で一気に得点を挙げ、3番は最強打者・中西太、4番・5番には確実性を備えた長距離打者の ​ 大下弘 ​、 ​ 関口清治 ​を据えて大量点を奪うという、それまでの野球界の常識を覆す打線理論。


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Last updated  2020.03.22 13:05:09
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