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【楽しくてうれしくて ごはんなんかいらないよって時も
悲しくてせつなくて なんにも食べたくないよって時も
どっちも六月六日の続きなんですものね
ほとんど覚えていないような、あの茄子の
その後の話なんですものね】
・・・
(未読の方は是非。傑作です。)
辛い時、それでもご飯を食べてる自分や、それでも朝起きてちゃんと会社に来ている自分を見つけると、この言葉を思い出します。
そして、「あぁ、どうにもなんないや。。」という時もこの言葉を思い出して、「私にもかつて茄子があったのだから、今日のこの日だって六月六日になりうるんだ。」と思うことにしています。
「奥村さんのお茄子」を読んだことのない方には、なんのこっちゃ分かりませんね。
私の過去にひっそりと、でもしっかりとあった茄子の存在を感じるだけで生きていける気がする。
今日は日記が書きたくないです。
《悲しくてせつなくて もう日記なんて書きたくないよ》という日でも、お仕事だから書かないといけません。
大人になるってこういうことかもしれないなぁ。
すみません、暗くて。。