2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全12件 (12件中 1-12件目)
1
愛再び~最終回涙を見せまいとうつむきながらスジョンはチケットを取り出した。そして、今にもゲートに入ろうとしたとき「お嬢さん・・忘れ物ですよ」と目の前で、大きな声がした。スジョンが驚いて顔を上げると、そこには目を潤ませながら優しく笑っているジェミンの姿があった。「おまえも・・そそっかしいなぁ・・・俺を置いて・・・何処へ行く」少しでもスジョンの心を軽くしてあげたいジェミンは、さりげなく迎え入れてあげたかったのだ。しかし、スジョンを見つけられた安堵感で、ジェミンの瞳から涙が幾筋も流れ落ち始める。それでもジェミンは、スジョンを優しく見つめ笑おうとしていた。驚いて顔を上げたスジョンの頬にも、幾筋もの涙が伝っていた。一瞬逃げようとするスジョンの腕をジェミンは引き寄せて、力強く抱きしめた。「もう・・苦しむのは終わりにしよう。おまえ達を幸せにするから・・・約束するから・・だから、もう何処にも行くな」スジョンは自分の耳を疑った。ジェミンが「おまえ達」と言った言葉に、ジェミンの愛の強さと深さを知った。すべてを知って、ジェミンが許してくれたことを知ったのだ。スジョンの張りつめていた心の糸がぷつんと切れた。「あなた・・」ジェミンの胸に顔を埋めて大声をあげて泣くスジョンに、ジェミンが言った「おまえの子は俺たちの子供だ。愛して・・育てて・・幸せにしてあげような」スジョンを抱きしめながら、ジェミンも又溢れる涙をこらえることができなかった。「だから、何処にも行くな・・俺を置いて、もう何処にも行くな」人目もはばからず二人は抱き合い、唇を重ねた。それは、愛と憎しみの狭間で翻弄され、傷つき、命を懸けた長い・・・長い流浪の旅路だった。そして、多くの傷みを知った、深い愛だった・・・・。時が流れ・・・。イヌクの母が公園のベンチで一人、イヌクからのバースディカードと一緒に入っていた小さなぬいぐるみを手に、寂しそうに想い出にふけっていた。『母さん、お誕生日おめでとう。可愛いぬいぐるみを見つけたので送るよ。俺だと思ってかわいがってください。体に気をつけて・・・俺は元気です。イヌク』「ぬいぐるみだなんて・・・子供みたいに・・」と、つぶやきながら何度も読み返しては、愛おしそうにぬいぐるみをなでていた。そのぬいぐるみの中にはイヌクの遺髪が入っていることを、母は知らなかった。ジェミンが特別にぬいぐるみを作らせ、その中にイヌクの遺髪を入れて誕生日のプレゼントと共に送ったものだった。するとそのとき、赤いボールが転がってきてイヌクの母の足下で止まった。「おばぁちゃん・・・それとって」見ると小さな男の子が、にこにこ笑いながら走り寄ってきた。「はい」イヌクの母がボールを手渡すと「ありがとう」と大きな声で言った。「あら・・偉いわね。ボクは何歳?」「ボクは5才です。」「そう・・・お名前は?」「チョン・イヌクです。こっちは弟のチョン・ドンウオン、3才です」すると弟のドンウオンも「3才です」と言ってぺこりと愛想良くお辞儀をした。「イヌク?そう・・ボクの名前もイヌクなのね。おばぁちゃんにもイヌクって言う子供がいるのよ。お仕事が忙しくて、世界中を飛び回っているの」すると「ふ~ん、そしたらおばちゃんは可哀想だね。寂しいでしょ?」と小さなイヌクが言った。「うちのパパとママはボクたちがちょっとでもいないと、すぐに寂しかったって言うよね」「うん・・しゃみしかったって・・ね」弟が相づちをうった。「二人で公園に来たの?」イヌクの母が心配そうに聞くと「ううん・・あそこにパパとママがいるの」すると少し離れたところに、ジェミンと3ヶ月の女の子を抱いているスジョンがベンチに座っていた。イヌクの母はそれが誰だかはまったく気付かずに、にっこり微笑んで挨拶をすると、ジェミンたちも挨拶を返した。「優しそうなパパとママね」「うん・・パパがねいつも言うの。パパはみんなを愛してるよ・・って。だから、みんな仲良しだよって。」「だけどね・・ボクはパパのひみちゅを知ってるよ?あのねぁ・・」弟のドンウオンが、イヌクの母の耳元でそっと言った。「パパが一番愛しているのは、ママなんだよ」そして3人で笑った。「おばぁちゃん・・遊んであげようか?」「遊んであげようか?」二人の子供達の小さな手が、イヌクの母の手に包まれる。利発で弟思いの兄は、お茶目な弟を面倒見ながら遊び始めた。イヌクの母は、一緒に遊んでいると何故か、どこかで会ったような懐かしい思いがしていた。やがて、3人でボールを追いかけて遊び始め、楽しそうなはしゃぎ声が聞こえる。ジェミンとスジョンはその様子を嬉しそうに眺めていた。「寒くないか」幼子を抱くスジョンのストールを肩に掛け直しながら、ジェミンが言った。「ええ、大丈夫よ」スジョンは幸せそうに答え、ジェミンの肩にもたれかかるとジェミンはそっとスジョンの肩を抱き寄せた。スジョンの腕の中で眠る可愛らしい娘を優しく見つめ、そしてジェミンはゆっくり空を仰ぎ、そっとイヌクに話しかけた。「イヌク・・見ているか?これで良いだろ?おまえのお袋さんと俺達の子供達が楽しそうに遊んでいるよ。おまえが命がけで愛したスジョンと、俺達の子供そして、おまえのお袋さんも必ず、俺が守っていくからな・・・男と男の約束だ。」青く澄んだ空に真っ白な飛行機雲が一筋・・・ゆっくりと流れていく。公園に子供達の笑い声が響く、穏やかな初冬の昼下がりの事だった。 完
Feb 12, 2008
コメント(6)
別離10ドアのチャイムを押してもいっこうに出てこないスジョンを、具合が悪く眠っているのかと思い、急いで鍵を開けて入った。しかし、静まり返った部屋にはすでにスジョンの姿はなかった。ジェミンは胸騒ぎを覚え、すぐにジュリに電話をした。「スジョンなら来てないわよ・・いったいどうしたの?」「何か言っていなかったか・・。」「別に・・ただ・・」「ただ?ただ何なんだ」ジェミンが苛立って聞いた。「この前スジョンが倒れたって連絡したでしょ・・・あのとき、スジョンは妊娠しているのかなって・・・そう思ったの」ジェミンは昨夜のスジョンの様子を思い出していた。わざと明るく振る舞っていた、スジョンの笑顔が浮かぶ・・・。電話をきって、思わずソファに座り込んだ。スジョンと過ごした幸せな時間が、遠くなっていく。どれだけ自分がスジョンを求めていたか・・・どれほど愛していたか・・・スジョンを失いかけてなお、いっそう愛の深さを思うのだった。イヌクの苦しみが、ジェミンの心に渦巻いた。『おまえも・・ほんとうに苦しんだんだな』両手で顔を覆い涙をぬぐう。そのときテーブルの上に置いてある手紙に気がついた。それはスジョンからの手紙だった。愛するジェミンさん何も聞かないで、私を行かせてください。もうこれ以上あなたを苦しめたくないのです。だから・・お願いです、私を探さないでください。私はもう、あなたに愛される資格がない女です。あなたをたくさん苦しめてしまって、ほんとうにごめんない。ただ、私が愛した人はあなただけだと言うことを忘れないで・・。私もあなたという素敵な人に愛されたことは一生忘れません。体には気をつけて・・・さようなら スジョン「馬鹿な・・・」ジェミンは一瞬呆然としたが、思わず我に返りサムに電話をかけ、藁にもすがる思いでスジョンの行方を探して欲しいと頼んだ。ジェミンは、いつになく明るかった昨夜のスジョンを思い出していた。あのときすでに心に決めていたに違いないスジョンの心を思うと、ジェミンは胸が張り裂けそうに悲しかった。何故・・気付いてやれなかった・・・ジェミンは思わず自分自身を責め立てた。もう苦しむことも苦しめることもたくさんだと言って、自ら生きる可能性を棄てて旅立ったイヌクの心を思い、イヌクとの過ちを一人胸にしまい込んで苦しみ続けていたスジョンを思うと、何も知らずにいた自分自身を恨んだ。二人の想い出がつまったこの部屋を、スジョンはどんな気持ちで後にしたのだろうか。スジョンの頑な決心を感じたジェミンだった。暫くするとサムから連絡が入った。ジェミンは祈るように電話をとると、スジョンがバリに向かうチケットを買ったらしいと言うことだった。ジェミンは急いで空港に向かった。スジョンは搭乗待合室で、アナウンスを待っていた。誰にも知られず・・一人で生きていくためにはバリで生きて行くしかないとスジョンは思っていた。『俺とおまえの家だ・・』イヌクの言葉が思い出され、そこで母子ひっそり暮らしていこうと覚悟を決めていた。やがてアナウンスがかかり、スジョンは搭乗ゲートに向かった。あのときはイヌクと一緒だった・・・しかし、あのときは最後にジェミンの姿を求めながら、心を残してバリに向かった。そして・・・多くの苦しみが始まった。今はイヌクの忘れ形見と共にバリに向かう・・・今度は絶対に振り返らない・・心を残せばまた不幸を招くから・・・スジョンはそう思っていた。『もう・・振り向かない』・・スジョンは、そっとおなかをなでて「行こうね」と言った。すべてを捨てて、イヌクの生きた証を大切に育てていくことが、今の自分の運命だと信じたかった。溢れそうになる涙をこらえ、振り返ることなくゆっくりとゲートに向かう。思わずジェミンが自分を呼んでいるのではないかと、振り返りたくなる心と闘いながら、ただまっすぐ前を見つめて進んでいった。泣くまいと思ってもこみ上げてくる涙を、うつむいて隠すスジョンだった。
Feb 11, 2008
コメント(0)
別離9その頃ジェミンの会社に、サムと弁護士が訪れていた。「ほんとうにありがとうございました。おかげできっとミスターカンも幸せだったと思います。」サムが涙ぐみながら言った。「今日はカン・イヌクさんの、生前のご指示でうかがいました。まずはカンさんからお預かりした手紙とそれから、これは銀行のプライベートボックスのキーです。ここに詳しいことが書いてありますので、良くご確認ください。また、今後の事につきましては又改めてうかがいます。」と、弁護士が書類などを置いて帰った。(あいつが俺に手紙を?)イヌクからの手紙を手に取り、ジェミンは早速読み始めた。親愛なるチョン・ジェミンスジョンと最後の時間を過ごさせてくれたことを、心から感謝する。おまえがこれを読む頃には、俺はもうこの世にはいないだろう。だが、最後におまえにはどうしても、謝らなければならない事がある。それはおまえが入院中、疲れ果てて眠っているスジョンを一度だけ抱いたことだ。どうかスジョンを責めないでくれ・・あいつは泣いていた。おまえを思って泣いていた。それでも、最後に・・俺はスジョンが欲しかった。医者にこのままでは余命幾ばくもないと診断された直後、おまえ達に出会った。神様がくれたチャンスだと思った。スジョンのそばで静かに逝きたい・・・願いはそれだけだったが、多くの苦しみをスジョンやおまえに残してしまった事を謝る。きっとスジョンは自分を責めることだろう。どんな状況でもおまえを裏切りたくなかったはずだ。だから、俺はその変わりに残された命と、引き替えにしようと決心した。生きる可能性があると言われた手術は断った。このまま生きてスジョンを追いかける人生なら、この辺であいつを本当に自由にしてあげたいと思う。もう苦しむことも、苦しめることにも疲れ果てたよ。薬ももう飲まないことにしよう。せめてスジョンがそばにいてくれる間に、静かに旅立とうと思っている。だから、どうかスジョンを責めないでくれ。責めるなら俺だけを責めてくれ。今度生まれ変わったら、おまえとスジョンと兄弟で生まれてこよう。勿論長男は俺だ、そして俺たちの可愛い妹を二人で心から愛そう・・もしかして、またライバルだったら、今度こそ俺がスジョンを取り返してみせようか・・・そんなことを考えていたら、死への恐怖も孤独もなくなってきた。スジョンが、そばにいてくれるおかげかも知れないな。おまえは憎いライバルだったが、今は懐かしい・・兄弟のように。死と向き合って、多くの事を学んだような気がするよ。あのときおまえに撃たれていたら、これほど満ち足りた気持ちでは死ねなかっただろう。スジョンを頼む。たくさんの苦しい想いをさせてしまった。どうかスジョンを幸せにしてやってくれ、それが俺の願いだ。そしてもうひとつ、おまえに頼みがある。お袋には、俺がどこかで生きていると思わせてくれないか。毎年12月5日、お袋の誕生日には俺の名前で便りを送ってくれ。今、死を前にして考えてみれば、こんな事を頼めるのはおまえしかいなかった。せめておまえだけは、憎んでもいいから俺を覚えていてくれ。おまえが愛した女を、同じように愛したカン・イヌクという男がいたことを忘れないで欲しい。P財閥の株はすべておまえに譲る。帰ってスジョンと幸せに暮らせ。俺がスジョンにできる最後の贈り物だ。友よ、ライバルよ、先に逝く。そして愛するスジョン・・お別れだ・・永遠にジェミンは泣いた。そして言った。「カン・イヌク・・・おまえも俺も、命がけでスジョンを愛した。違うのはただ・・・スジョンが俺を愛してくれたということだ。俺がもしもおまえなら・・・やっぱり同じ気持ちになっただろう。命を引き替えにしていったおまえの気持ちを、絶対に無駄にはしないから・・安心しろ。男と男の約束だ。」そしてそれと同時に、スジョンがどれほど苦しんでいたかを思うと、スジョンが哀れでならなかった。たまらずスジョンを抱きしめたいと思ったジェミンは、会社を飛び出しスジョンの待つ我が家へと急ぐのだった。
Feb 10, 2008
コメント(0)
別離8一人途方に暮れるスジョンだった。いっそ誰にも知られず堕してしまえば・・・そして、一生黙っていればこのまま幸せな生活が続くのだろうか。しかし、イヌクの忘れ形見となったこの小さな命を、どうして闇に葬ることができるというのだろうか・・。揺れ動く心の中で、ジェミンが知ったら苦しむであろう過酷な事実を、何故ジェミンに伝えられると言うのか・・もうこれ以上誰も苦しめたくはない。そして、どんな形であれジェミンを裏切った事を、知られたくなかったスジョンだった。すべて終わったかのように見えた苦しみは、幸せへの道ではなく、それは別離の道へと続いて行くかのように思えた。出口のない暗闇を、一人さまようスジョンだった。イヌクの死を見送り、命の刹那を知った今、自分の中に宿った新たな命を、どうして消すことが出きるだろうか。スジョンはただひたすら、自らにかせられた運命を呪った。そのとき、イヌクの寂しそうな笑顔が浮かび、今、この子を亡き者にしてしまえば、一生心に深い傷を負って生きて行くに違いない・・・そんな私がジェミンさんを幸せに出きるのだろうか・・・とスジョンは思った。「この子は私が育てないと・・」すでに芽生え始めた母性が、授かった命と共に生きる事を選んでいた。その晩スジョンは明るくジェミンを迎えた。「どうした?今日は何かの記念日か?」テーブルに並ぶ料理を見てジェミンが嬉しそうに言った。「たまには贅沢も良いわ」スジョンがそう言って笑った。ジェミンはやっと戻ってきた平穏な時間を、心から喜んだ。こうして少しずつ時間をかけて、スジョンが元気になっていくことを見守っていこうと思っていた。「ワインも・・」穏やかな時間が過ぎていく。ニューヨークに来てから、ずっと続いた幸せな時間がそこにはあった。他愛のないおしゃべりで笑いあい、抱き合い、支え合った時間だった。スジョンがシャワーから出てくると、ジェミンがスジョンを抱きかかえてベッドに運ぶ。スジョンを抱き寄せながら、ジェミンが言った。「スジョン・・俺を置いて何処にも行くな」突然の言葉に、スジョンは見透かされたような思いがした。「どうしたの・・急に」スジョンが優しく笑って聞くと、ジェミンはそれには答えず「愛しているよ・・心から」と言って、スジョンにキスをし、優しく愛し始めた。スジョンは、ジェミンとの最後の夜を心に刻もうと、今夜は甘えさせてね・・・と、心の中でささやいたのだった。スジョンはジェミンに愛されながら、一筋の涙が頬をぬらすのを気づかれないように、そっとジェミンの胸に顔を押し当てた。ジェミンの胸で思い切り泣きたい気持ちを、ただひたすら耐えたスジョンだった。スジョンはとうとう、その夜は眠りにつくことができずにいた。ジェミンとの幸せな時間が次々に想い出されると、隣で眠るジェミンの寝顔を見て、声を殺して泣いた。もう二度と戻らぬ幸せを失う悲しみで、スジョンの心は張り裂けそうだった。「さようなら・・あなた。ごめんなさいね・・・ほんとうに。心から、愛しているわ。」ジェミンの顔を脳裏に焼き付けるかのように、一晩中ただジェミンの寝顔を見て過ごした。「行ってらっしゃい」「あぁ・・なるべく早く帰るよ」スジョンに軽くキスをしてジェミンが出かけた。ドアが閉まると、スジョンは耐えていた涙が溢れた。ジェミンを追ってすがりついて泣きたかった。身が引き裂かれるほどの悲しみがスジョンを襲っていた。そのまま座り込み、ただ溢れる涙に時を任せるのだった。決心したとはいえ、到底たやすくジェミンとの別れを受け入れられるものではない。しかし、もう後戻りは出来なかった。スーツケースを取り出し、荷造りを始めた。何をとっても、ジェミンとの想い出ばかりが浮かんでは消えてゆく。すべて二人で買い物に行き笑いながら、揃えたものばかりだった。身支度を整え、想い出の部屋をゆっくり見渡すと、涙でにじんで見えなかった。「さようなら・・あなた。ほんとうに幸せでした」テーブルに手紙を置いて、スジョンは静かに部屋を出ると、もう二度と自ら開けることのないであろう鍵を閉めた。
Feb 9, 2008
コメント(0)
別離7スジョンが気づくと、ショーンの店にある仮眠室に寝ていた。目覚めたスジョンの額に、ジュリが冷たく絞ったタオルをのせながら、「ダーリンに電話しようか」と、言った。「ううん・・ただちょっと疲れているだけよ・・心配しないで。」スジョンは、そう言って、「ごめんなさい、今日は帰るわ・・」と立ち上がった。まだ顔色の悪いスジョンを気遣い、ジュリが送っていくと言ったが、スジョンはそれを断って一人で帰っていった。「スジョンの様子がおかしいわ・・・。」心配になったジュリはジェミンに電話をした。スジョンは一人、まるで彷徨い歩くかのように呆然と家に帰った。ドアを開けて部屋にはいると、さっきまで何も変わらないと思っていたものすべてが急に色あせ、自分の手には届かない遠いもののように感じたのだった。スジョンの頭にはジュリの「ベイビーができたのね」という言葉ばかりが、駆けめぐっていた。ほんとうにそうだったら・・。それは、心のどこかで恐れていたことだった。ふるえが止まらない自分の体をスジョンは自分で抱きしめ、これでジェミンとの生活が終わるのだろうか、と恐怖にも似た絶望感を味わっていた。病院へ行かなければならい・・・しかし、もしもそうだったら・・スジョンは一人思い悩んでいた。真実を確かめる勇気が、今のスジョンにはなかった。スジョンの中で、イヌクに抱かれたあの晩が鮮明によみがえる。『どうして・・こんなひどいことを』あのときスジョンが泣きながら、イヌクに言った言葉だった。初めてイヌクを憎いと思ったが、今にして思えばそのときのイヌクの心の痛みがわかるスジョンだった。消えゆく命を前に・・・そう思うと、ただ涙だけが溢れ先に進むことも、戻ることも許されない暗闇の中で、イヌクを許すことしかできなかった。暫くすると、ジェミンはジュリから連絡がはいるとすぐに帰ってきた。「大丈夫か?」「どうしたの?」「ジュリから連絡があった・・おまえが倒れたと。」スジョンは気丈に笑って答えた。「ジュリがオーバーなのよ」しかし、泣きはらしたように見えるスジョンの顔をみると「いいから少し横になれ。」ソファに座るスジョンを抱き上げて、ベッドに運んだ。スジョンが少し軽くなったように感じ、ここ数ヶ月のスジョンの苦悩を思い、ジェミンの心が痛んだ。(イヌクのもとにやって良かったのだろうか・・・)ジェミンはふと、スジョンの心の傷を思うのだった。何故かよそよそしく感じるスジョンに、一抹の心配をしながらも今は見守るしかないと思っていた。「熱はないな」スジョンの額に手を当て、ジェミンはそっと胸をなでおろした。額から手を離そうとすると、スジョンがその手を握って自分の目を覆った。ジェミンの指の間から、スジョンの涙が幾筋も流れておちる。「どうした?」ジェミンが優しく聞いた。その優しさが、スジョンの心をいっそう締め付けた。スジョンは何も言わず、ただ泣いているだけだった。「何か心配事でもあるのか?」それでも何も言わずに泣くスジョンに、ジェミンは不安を感じた。「俺じゃだめか?」するとスジョンは、いきなりジェミンにしがみついて泣いた。「あなた・・愛しているわ。ほんとうに・・愛しているわ。」ジェミンはイヌクを見送って、スジョンの心が乱れているのだと思った。「ああ・・俺も愛しているよ。これからはもっと幸せになろうな・・。」そう言ってしっかりと、スジョンを抱きしめたジェミンだった。「時間が必要なんだ・・焦らず、ゆっくり傷は癒せばいい・・いつでも、俺がおまえのそばにいるよ」ジェミンの優しい言葉に、スジョンの切なさがいっそう増していく。(もしかしたら・・・もうあなたとの時間もなくなるのかも知れない・・)スジョンは今にも壊れそうなこの幸せが、いつまで続くのかとジェミンの腕に抱かれながら思っていた。(夢であってほしい・・・)自分ではどうすることもできない運命に弄ばれるかのように、ただそのときを待つしか術がなかった。(どうしてこの幸せを捨てられるというのだろうか・・。)悲しみが押し寄せる中、そうとは知らずジェミンは優しくスジョンにキスをした。それから数日スジョンは思い悩み続け、ようやく病院へ行く決心をした。いつかは確かめなければならないことだった。真実と向き合わなければならなかった。「おめでとうございます。」医師の笑顔に、スジョンは奈落の底に突き落とされた。イヌクを見送り、心の傷を癒すまもなくスジョンに訪れた苦悩だった。
Feb 8, 2008
コメント(0)
別離6やがて医者も看護婦も帰り、ベッドに永眠るイヌクのそばでただ一人、スジョンが付き添った。静まり返った部屋に、静かな波の音だけが聞こえてくる。穏やかに微笑んでいるかのようなイヌクの顔が、スジョンをなお悲しくさせた。名前を呼べば今にも起きてきそうな・・・それほど安らかな顔だ。涙が涸れるほど泣いても、また涙が溢れてくる。(初めてあなたに会ったのはこのバリだったわね。タクシーに乗せてもらって、途中で降ろされたわ。私がバリから帰るとき、あなたも同じ飛行機で、隣の席だった。住まいまで・・・隣同士になって・・。あのころは、運命だと思っていたわ・・・私ね・・・ほんとうにあの頃あなたが好きだったのよ。)スジョンは心の中でいつまでも、イヌクに語りかけていた。イヌクの愛に応えられなかった償いと、死という命の儚さに、ひとり寄り添うことでスジョンの心もまた、救われようとしていた。(寂しくないわね・・・私がついているわ・・)スジョンはイヌクの頬をそっとなでた。冷たくなっている頬が、その死が嘘ではないことを物語っていた。スジョンが着たウエディングドレスを、イヌクの横に一緒に眠るように並べ(私があなたを思う心を、このドレスと共に連れていってください。)と言いながら、クロスのペンダントをそっとイヌクの手に掛けた。スジョンは、自分を命がけで愛してくれたイヌクに、惜別の思いをただ一人募らせるのだった。2日後、やがてジェミンも駆けつけて、イヌクを見送った。ジェミンはイヌクの遺髪を手にとり「いつか故郷に帰してやろう・・・」と言って、そっとしまうのだった。立っているのがやっとのスジョンを抱きかかえ、ホテルの部屋に戻ると「大丈夫か?」と、ジェミンが気遣う。スジョンは遠くを見つめ、ただ黙って座った。「辛かったろうな・・・」ジェミンはイヌクを見送った、スジョンの気持ちを思いやった。「少し休むか?」「ええ・・」スジョンはリビングにある、籐の長椅子に横になった。目を閉じると波の音が聞こえ、潮風がささやくようにスジョンを包んだ。長い、長い旅がようやく終わろうとしているのだろうか・・愛憎という旅路の果てが、イヌクの死だったのだろうか・・・スジョンは、あまりにも儚いイヌクの命に涙した。『イヌクさん・・・さようなら』心の中でスジョンはイヌクに別れを告げた。数日後、弁護士がすべてを手配するというので、二人はニューヨークに帰ってきていた。帰ってきてからも、疲れの色が隠しきれないスジョンを心配して「暫く家でゆっくりしていた方がいいぞ」と、ジェミンが出かけに言った。「ええ・・でも久しぶりにジュリに会いたいから・・少しだけ出かけてくるわ。」気晴らしも良いかと・・・言ってジェミンは出かけていった。何もかもまったく変わらない二人の生活が、返ってきたかの様に思えた。しかし一人になると、イヌクの事が思い出されてならなかったスジョンは、急いで支度を終えると部屋を出た。イヌクの終焉を見送った時の悲しみが、スジョンの心深くに刻み込まれていた。それは忘れたくても忘れられるものではなかった。「時間が必要だ」ジェミンに優しく慰められても、ぽっかり空いた心の中が辛かった。「久しぶりね。スジョン・・・あなた少し痩せたんじゃない?」「ちょっと色々あったから・・。ねえ、今日はお店休みでしょう。どこか出かけない?」「あなた大丈夫?顔色も良くないわよ。まともに食べてないって感じね・・。」ジュリが心配して言った。「大丈夫よ・・。」「わかったわ、それならまずショーンの店でランチを食べてから、映画でも行こうか・・見たい映画があったのよ。」「そんなことを言って・・・ほんとうはショーンの顔が見たいんでしょ」二人は笑いながら、ショーンの店に行った。スジョンはわざと明るく振る舞った。「やぁ、スジョン久しぶりだな。ジェミンは元気か?」「えぇ・・あなたやジュリにも色々心配をかけたわ。」「どうってことないさ・・。今日のランチはスペシャルにしてやろうか」と厨房から顔を覗かせてショーンが笑った。「ダーリンもランチに誘えば良かったのに・・・」「今度ね・・」ジェミンがスジョンを気を遣ってくれていることに、少し申し訳なさを感じていたのだった。「あら・・スジョンったら、少しはダーリン離れできつつあるのかしら?」とジュリが笑った。やがて、テーブルにグリルが運ばれてくると、その臭いでスジョンは急に気分が悪くなった。思わず洗面所に駆け込むと、ジュリが心配をして追ってきた。「大丈夫?」スジョンの様を見て、ジュリが言った。「スジョン・・あなたもしかしてベイビーができたの?」スジョンは全身から血の気が引いていくのを感じ、その場に倒れ込んだ。
Feb 7, 2008
コメント(0)
別離5暫く昏睡状態が続き、スジョンはイヌクの枕元から離れられずにいた。スジョンが椅子に座ったまま、思わずうとうとすると小さな声で、イヌクがスジョンを呼んだ。「目が覚めたのね」嬉しそうに笑うスジョンの顔を、イヌクは暫くじっと見つめてから言った。イヌクはもう自分の命が、消えかけていることを悟っていたのだ。「スジョン・・俺に・・夢を見させてくれないか。」「どんな?」「俺のために・・ウエディングドレスを着てくれないか?」驚くスジョンに、イヌクは少し恥ずかしそうに・・・とぎれとぎれに言った。「今度・・・生まれ変わるまで、待てそうにない・・。」イヌクは静かに笑った。「笑わないでくれ・・・おまえが出ていく前にドレスを買っていたんだ。なんども捨てようかと思ったが、捨てられなかった・・・捨てずにいて良かったよ」今にも命が燃え尽きそうなイヌクの願いを、どうして拒むことができるだろうか・・。そして3年前に自分のためにウエディングドレスまで用意していたにも関わらず、スジョンを自由にしたいと言ってくれたイヌクの愛の深さが、改めて胸に突き刺さった。「いいわ・・待っていて」イヌクが指さすクローゼットに向かうと、そのドレスは大事に手入れをされて、保存されていた。それを見たときに、イヌクはいつまでも自分を待っているつもりだったのだと感じた。突き上げる悲しみに、涙をぬぐいながらスジョンはドレスに袖を通した。やがて美しくウエディングドレスを着たスジョンが現れ、イヌクのそばに近づいた。うつうつとしていたイヌクが目を開けて、昔のような穏やかな顔で幸せそうに笑った。「あぁ・・きれいだな・・可愛い花嫁だ」イヌクの細く長い指が、スジョンの頬をなでた。「スジョン・・・イ・スジョン・・・俺のスジョン・・愛しいスジョン」苦しそうな息づかいの中で、何度もスジョンを呼び、幾筋もの涙がイヌクの頬に流れた。「俺を許してくれ・・・おまえを守ってあげるどころか・・おまえを苦しめ続けた」スジョンはイヌクの手を握って、頭を何度もふった。「そんなことないわ・・あなたにはいつも優しくしてもらったわ。私の我が儘をいつも聞いてくれた」イヌクがふ~っと大きく息を吐くと、スジョンは泣きながら、そっとイヌクに口づけをした。「あたたかで・・・柔らかな・・おまえの唇が好きだ。ありがとう」とぎれとぎれになるイヌクの言葉に、スジョンは「お医者様を呼ぶわ」と言った。するとイヌクは、スジョンの手を握って「行くな」と言いう様に首を振った。思わずイヌクに抱きついて泣くスジョンの髪を、イヌクは弱々しくも優しくなでながら「泣くな・・・泣くな」とつぶやいた。スジョンが悲しいときには、いつもイヌクがこうして慰めてくれた・・あのころを思い出せば苦しいほどの切なさがこみ上げてくる。「このまま逝かせてくれ・・おまえだけに看取られて静かに逝きたい・・・」「嫌よ・・死なないで。お願いだから」「いいんだ、これで・・俺が生きていたらおまえを苦しめる。これで良かったんだよ。俺も幸せだ・・・まるでおまえが、俺の嫁になったような気がするよ。この家は・・・好きなときに使えよ。俺とおまえの家だ。」もう話すのが辛そうだった。「これで十分だ・・これからはジェミンと・・仲良く・・幸せにな・・あ・い・し・て・る」そうしてイヌクは大きく息を吸い、静かに長く吐いた。スジョンの手を握る力が失せていく。「イヌクさん・・イヌクさん・・誰か・誰か来て」スジョンは大声で叫んだ。「いやよ・・逝かないで・・逝かないで~」泣き叫ぶスジョンの声が空しく響いた。そして・・・・夕陽が堕ちる頃、イヌクは一人静かに旅立った。「いやぁ~」イヌクの顔は安らかで、とても幸せそうに微笑んでいるかの様に見えた。イヌクを揺り起こそうとして泣くスジョンの指先に何かが当たり、枕の下に小さなものが光って見えた。スジョンの指先にからみついて来たものは、あの頃スジョンがいつも身につけていたクロスのペンダントだった。あの日、イヌクのもとを去ったとき、ここに置き去りにしてきたものだった。イヌクはいつもこれをもっていたのだろうか・・。3年の間、このペンダントにスジョンの面影を求めて、抱きしめていたのだろうか・・。スジョンは大声を上げて泣いた。「許して・・イヌクさん・・私を許して」スジョンは泣きながらテラスに出た。夕陽に染まる空が悲しいほど美しく、純白のドレスが茜色に染まっていた。『俺も、あの夕陽のように静かに逝きたいな。』イヌクの言葉通り、イヌクの魂が夕焼けの空に昇っていくのが見えたような気がした。「何故、私なんかを愛したの?私なんかを愛さなければ、もっと幸せになれたのに・・。」スジョンは立ちつくして、夕陽に向かって大声を上げて泣いた。指先にもったクロスのペンダントが、沈む夕陽に反射してイヌクの涙のように光って見えた。
Feb 6, 2008
コメント(0)
別離4イヌクは一人静かに、本を読んでいる。時折襲う激痛を薬で抑えながら、静かにその時を待つ日々を送っているのだった。ふと、窓の外に目をやると青く輝く海と、スジョンと過ごしたプールが見えた。イヌクはせめて想い出の中で、最後の時を迎えようと思っていた。故郷に帰れば母を悲しませる・・・いまさら故郷に帰ることもできず、一人静かに死を受け入れる決心をしていたのだった。いつでも呼べるように看護婦を住み込ませ、毎日2回程様子を診に医者がやってくる。暫くすると目が疲れ、イヌクが本を閉じた。静かに目をつぶり、開け放たれた窓から聞こえる、波の音と潮風を感じていた。「イヌクさん・・」スジョンの声が、潮風にのって聞こえて来たような気がした。イヌクは静かに目を開けて、そして又ゆっくりと目を閉じた。空耳かと思い、波の音に耳をそばだてると「イヌクさん・・スジョンです」と、すぐ後ろからスジョンの声が聞こえ、イヌクは驚いて振り向いた。そこには紛れもなく、スジョンが立っていたのだった。「どうした・・?」信じられない様子で、イヌクが立ち上がりながらスジョンを見つめた。「あなたのそばに・・・いさせて・・。」見る見るイヌクの目から涙が溢れた。「ジェミンは?」「ええ・・あの人が行っても良いと・・。」イヌクはスジョンを、夢ではないかと抱き寄せた。それは夢での幻でもなく、確かにスジョンのぬくもりがあった。「ほんとうに良いのか・・・ほんとうに・・・」イヌクはスジョンを抱きしめながら、暗闇から射し込んだ一筋の灯りにすがる思いだった。「もう・・諦めていたよ」スジョンはイヌクとの想い出が詰まったこの部屋で、イヌクを見送らなければならないことを思うと、胸が張り裂けそうに苦しかった。「イヌクさん・・」二人はじっと抱き合った。やがて夕陽が空を赤く染めて、色鮮やかに海の向こうに沈んでいく。かつてバリで過ごしていた日々のように、二人はテラスに出て夕陽が沈むのを静かに見守っていた。「俺も、あの夕陽のように静かに逝きたいな。」イヌクがぽつりと言うと、スジョンは、イヌクの手を力強く握った。「味噌チゲ作りましょうか?」スジョンが泣き笑いをするようにイヌクに言うと、イヌクは嬉しそうにスジョンの肩を抱いた。「懐かしい味だな・・」それから数日の間、時折イヌクを襲う激痛を薬で紛らわしながらも、穏やかな日々を過ごしていた。「不思議だな・・・おまえといると、まるで何もかもが夢だったように思うよ。」スジョンはただ静かに笑った。「俺を許してくれないか。ニューヨークではおまえを苦しめた・・・。」「もう良いの・・もう忘れましょう・・。」「スジョン・・・おまえに会えて幸せだったよ。」「どうして?あなたを裏切ったり、こんなに辛い思いをさせたわ」「俺に愛を教えてくれた。苦しかったが、心からおまえを愛せた人生だった。」「ヨンジュさんだって、愛していたでしょ?」イヌクは懐かしそうに笑って答えた。「そうだな・・あのころは愛していると思っていたが、あれは愛じゃなく打算だったような気がするよ。若かった・・・。いま思えば、ヨンジュも可哀想な女だったな。誰もかれも、金という魔物に踊らされていたのかも知れないよ。そういう・・おれもだが・・」二人で様々な想い出話をしては、泣いたり笑ったりする他愛のない時間が過ぎてゆく。「もう休みましょうか」見るからに疲れている様子の、イヌクを気遣った。「時間が・・・もう少し欲しいな・・・おまえともっとゆっくり、話が・・・」そう言いながら、イヌクの意識が薄れていった。「イヌクさん・・イヌクさん」スジョンは急いで看護婦を呼んだ。「先生を呼びますから・・。」看護婦は来るなり言った。「イヌクさん」スジョンは大声を上げて、イヌクの名を呼んだ。
Feb 5, 2008
コメント(0)
別離3サムと別れたジェミンは一人、小さな酒場に入った。イヌクを思うと、このまま自分だけが愛するスジョンのいる家に、帰る気にはどうしてもなれなかった。スコッチをロックであおり、少しでも心が軽くならないものかと飲み続けた。気付くと涙が幾筋も頬を伝っている。『だが・・もう二度と無茶するな。おまえにもしもの事があったら、スジョンが一人になる・・』『馬鹿をいうな・・・あいつは、おまえを愛しているんだ。だから、おまえが最後までスジョンを守れ』『もう俺はおまえ達の前から姿を消すよ・・・。』『いいか、チョン・ジェミン・・・スジョンを頼む。もうおまえ達の邪魔はしないから、スジョンを幸せにしてやってくれ。この先・・・どんなことがあっても・・。』あの日イヌクが言った言葉の、ひとつひとつに込められていたメッセージが、これほど深かったことに初めて気付いたジェミンだった。どんな気持ちで言ったのか・・・あいつは、どんな思いで去っていったのだろうか・・。スジョンとニューヨークに移り住んでからというもの、ジェミンは初めて一人酒場で飲んだ。しかし、飲んでも、飲んでも、酔って心が軽くなることはなかった。「遅かったのね・・心配したわ」家に帰るとスジョンが、心配そうに待っていた。「お酒なんか飲んで・・・まだ無茶しないで」ジェミンの上着を脱がせながらスジョンが言った。するとジェミンは、振り向きざまにスジョンを抱きしめた。そして静かに言った。「いいかスジョン・・・おまえが決めろ」スジョンはいつにないジェミンの様子に驚いた。「何?」「イヌクが・・・もうじき死んでしまう。」スジョンは心の奥にしまい込もうとしていた出来事が、鮮明によみがえってきた。心に刺さった棘から、血が溢れるような思いがした。「イヌクは・・一人でバリに帰ったらしい。おまえがイヌクの最後を看取りたければ、行っても良いから。今度は俺が待っている・・・心配しないで行って来い。」長い間、お互いに苦しみあった・・・バリに向かう空港でイヌクについていくと決めながら、思わずジェミンを空港で探し求めていた自分の残酷さを思い出すと、スジョンの胸が痛んだ。しかし、深い傷をもった今となっては、素直にイヌクのもとにはいけないスジョンであった。「少し考えさせて・・・」スジョンはジェミンから離れ、一人寝室に入った。電気もつけず、ベッドの上で膝を抱えたまま身じろぎもしないスジョンであった。イヌクの死期を知っていたとはいえ、今改めてジェミンから聞くとそれが紛れもない事実であったことを、思い知らされる。自分の命が消えると知って、最後に自分を求めたイヌクに、それがどんなことであっても、憎み続けることなどできないと思った。スジョンがジェミンの母にたたかれ罵声を浴びた時・・ジェミンといさかいをしたとき・・イヌクがいつも温かく涙をぬぐってくれた・・その胸で泣かせてくれた・・。消えゆく命の灯が、自分がいることで静かに終わっていけるのなら、スジョンはイヌクを送ってあげたいと思った。ジェミンは一人リビングで酒を飲んでいた。スジョンをそっとしておいてあげたかったのだ。グラスを持つと氷がカチンと鳴った・・・そのとき、ジェミンはイヌクと張り合っていた頃をしみじみ思い出していた。お互いの意地と意地がいつも絡み合っていた頃、スジョンを巡って何度殴り合ったことだろうか・・と、様々な想い出がよみがえっては消えていった。あいつがいなければ、俺はこんなに真剣に生きただろうか・・・イヌクに負けまいとする気持ちが、俺をいつも何かに駆り立てていた。やがて寝室で一人思い悩むスジョンのもとに、グラスをもって行った。「少し飲むか?」スジョンは黙ってジェミンに抱きついた。「おまえが思うようにすればいい・・。」するとスジョンは、静かな声で言った。「ほんとうに・・行っても良いのかしら」ジェミンはどちらの返事を聞いても納得したし、淋しさも覚えただろうと思った。「ああ・・・行ってやれ。だが良いか・・俺が待っていることを忘れるな。そして、もしもの時は俺に知らせてくれ。」「ごめんなさい・・・ほんとうに・・ごめんなさい」スジョンは心から、イヌクを見送ってあげたいと思った。今行かなければ、一生後悔し続けるに違いない・・・イヌクの愛に応えられなかった、せめてもの償いを心に決めた。
Feb 4, 2008
コメント(0)
別離2やがてジェミンは退院をした。まるで何事もなかったかのように、平穏な日々が続いていく。「そろそろ会社にも顔を出さないとな・・」「あまり無理をしないで」「大丈夫だよ。色々気になることもある・・。」久々にジェミンが出勤すると、社内は大騒ぎとなった。「やっと帰って来てくれましたね。」「いかがですか?傷の方は・・」歩くたびに声をかけられ、ジェミンは幸せだった。「おい・もう今日から仕事か?」パクがニコニコしながらジェミンの部屋に入ってきた。「君のおかげで、あの投資会社はどうやら手を引いたようだな」「そうですか・・・良かったです。ただ,せっかくのチャンスが・・・」「又チャンスは来るさ・・・返って良かったと思おうよ。これから又楽しみが増えた」「色々ご迷惑をかけました。」「何を言っているんだ。もともとは君の力があったからここまで来られたんじゃないか。これからも頼むよ。」「はい」「今日はもう帰った方がいい・・。奥さんが心配するよ。俺が怒られる」パクが 笑った。「えぇ・・それでは、今日は帰ります」ジェミンが会社のドアを開けて出ようとすると、見覚えのある顔がジェミンに軽く会釈した。「少しお話をしても良いですか?」それはサムだった。病院の支払いなどすべてイヌクの指示だといって、サムが手続きをしていた。二人は近くのカフェに入った。「もう傷の方は大丈夫ですか?」「ええ、おかげさまで」「そうですか・・良かった。カンさんにそうお伝えします。」「彼は今どうしているんですか?」あれ以来ほんとうに顔を見ることも、噂を聞くこともなくなっていた。サムは、もじもじと言いにくそうにしていた。「何か?」ジェミンに促されると、思い切ったように話し始めた。「これは、カンさんから口止めされています。でも、どうしてもお伝えしたかったのです。」人の良さそうなサムは、目を潤ませながら話し始めた。「カンさんは今、バリにいらっしゃいます」「バリ?」ジェミンは驚いた。「何故バリに?」サムはコーヒーを一口飲んで、大きく深呼吸をした。「カンさんはもうじき、お亡くなりになってしまいます・・。」「な・・何だって?どういうことだ」ジェミンは突然の話で気が動転した。「カンさんは、ご自分でも死期をご存じでした。最後に、おひとりでバリで静かに死を迎えたいと、ひと月ほど前にバリにお帰りになりましたが、いよいよ・・」ジェミンは自分の耳を疑った。『いいか、チョン・ジェミン・・・スジョンを頼む。もうおまえ達の邪魔はしないから、スジョンを幸せにしてやってくれ。この先・・・どんなことがあっても・・。』別れ際に背を向けてイヌクが言った言葉を、改めて思い出していた。確かにあのとき、イヌクはとても寂しそうだった。しかし、それはスジョンとの別れを思ってではなかったのか・・。自分の死期を知っていて、最後に俺に握手を求めたのか・・。イヌクと交わした握手の感触が、ジェミンの掌によみがえった。ジェミンの心は、イヌクに対する悲しみと痛ましさがせり上がり、大きな渦となって胸を閉めつけた。「どうかチョンさん、お願いです。最後にスジョンさんを、会わせてあげていただけませんか・・。」ジェミンは一瞬、何も答えられなかった。「私はカンさんがニューヨークに来てからの、おつきあいでした。ただの情報屋と言うより、カンさんにはとても良くしていただき、友人の様なおつきあいをさせていただいていました。いつも、いつも何かから逃げるようにお酒を飲み続け、酔えばスジョンさんの名前を呼び・・・いつも寂しそうでとても見てはいられませんでした。今回も絶対に言うなと口止めされましたが、どうしても・・・カンさんはたったおひとりで死を迎えられるかと思うと・・・どうぞ、スジョンさんに会わせてあげてください。お願いします。」サムは何度も、ジェミンに頭を下げた。ついこの間までは憎いライバルだったイヌクが、いつしかお互いの傷の痛みが誰よりも分かり合える相手になっていた。ジェミンの頬に一筋涙が流れた。
Feb 3, 2008
コメント(0)
愛再び~別離1スジョンが病室に戻ると、ジェミンが待っていた。「どうした?」「ええ・・入院中の注意を説明されたわ」「そうか・・・」「イヌクさんは?」「会わなかったか?・・・今帰った。」「そう・・」「もう、俺達の前には現れないと言っていた。」スジョンは涙が溢れそうになるのを、唇を噛んでこらえた。イヌクの事を思えば胸が張り裂けそうに痛々しく、これでジェミンとの平穏な生活を取り戻せるのだろうか・・・と思うと、心の奥にしまった傷が、うずきだしてしまうのだった。「どうした?」深い傷を負いながら、スジョンを案ずるジェミンの優しい声に、スジョンの涙はとうとう止めることができなかった。「ここにおいで・・」ジェミンはベッドのそばに呼んだ。「痛くない?」「ああ・・大丈夫だ。・・・おまえは大丈夫か・・」スジョンはそっとジェミンの手を握った。ジェミンは自由になる腕で、スジョンを抱きよせた。「心配かけたな、もう大丈夫だ。」ジェミンの胸にスジョンは頬を押し当て、静かに目を閉じた。そして、やっと自分の巣箱に帰った小鳥のように、ジェミンの胸に顔を埋めて泣いていた。そして泣き疲れ、いつの間にかそのまま眠ってしまったのだった。ジェミンはただ、スジョンが愛おしくてならなかった。イヌクと再会してからと言うもの、スジョンの気が休まる日はなかっただろう・・・そして、自分が生死の境を彷徨ったときに、スジョンを一人残すことが心配でならなかった。(生きておまえのもとに帰れたことが、俺は嬉しいよ)すやすや寝息を立てて無邪気に眠るスジョンに、そっと話しかけていた。やがて、ジェミンも疲れて眠りに落ちた。大きな嵐が過ぎ去ったかのように、二人は穏やかに眠りに堕ちていった。やがて3週間たとうかとすると「もうそろそろ退院できますよ。」傷の消毒を終えて、医師が言った。「良かったわね・・。」スジョンが言うと、ジェミンはベッドの背もたれに寄りかかり「早く家に帰りたいな。」と言った。「やっぱり家が一番良いでしょ」と、スジョンが言うと「そうだ。うちに帰れば、おまえを好きなときに抱ける・・」ジェミンはいたずらっぽく笑って答えた。次第に薄れゆくイヌクの影が、スジョンは不思議なことに悲しくも思えた。「イヌクさん・・・ほんとうにもう私たちの前には現れないのかしら?」ジェミンは小さなため息を、ひとつついて言った。「俺達に会っても、会わなくてもあいつは苦しいはずだ・・。」「そうね・・」「スジョン・・・俺達は、幸せにならなきゃいけない。あいつの分まで・・」ジェミンは心からそう思っていた。スジョンは、ジェミンの深い愛に守られて、この幸せに何処までも流されたいと願った。平々凡々で良い・・・穏やかに時が過ぎて、二人が仲良く今まで通りに暮らせるのなら、一生イヌクとのことを話さずにおこうと、スジョンは決心した。しかし、そう決心したそばからイヌクの悲しげな瞳が、スジョンの脳裏をかすめていくのだった。心の奥に小さな棘を刺したまま、スジョンは生きていかなければならないと覚悟を決めた。イヌクの愛を受け入れることも拒むこともできない、揺れ動くスジョンの心があった。
Feb 2, 2008
コメント(0)
告白10「ほんとうにすまなかった・・・。」暫くしてイヌクが言った。「もう、終わったことだ」「だが・・もう二度と無茶するな。おまえにもしもの事があったら、スジョンが一人になる・・」イヌクが心配そうに言うと、ジェミンもしみじみ答えた。「あぁ・・俺ももしかしたら、これで死ぬのかと思った時スジョンを、おまえに頼もうかと思った・・。」「馬鹿をいうな・・・あいつは、おまえを愛しているんだ。だから、おまえが最後までスジョンを守れ。それに・・」イヌクは言いかけて、思いとどまった。「それに?」「いいや・・・もう俺はおまえ達の前から姿を消すことにしたから・・。」と、イヌクが答えた。「いいや、俺達が出ていく。あれからもう3年・・今でもスジョンは時々おまえの夢を見ては泣いていた。おまえにすまないと言って・・・。もうあいつの心を自由にしてやりたい・・・だから、俺達がここを出ることで、少しでもスジョンの心が軽くなるなら、そうしてあげたい」イヌクの胸が痛んだ。自分だけが苦しんでいたわけではなかった・・・スジョンの心に、さらなる苦悩を押しつけたことが悔やまれた。「心配するな。俺は身軽に何処にでも行けるから・・。おまえはスジョンと、この3年間築いてきたものを守れ。」「不思議なものだな・・おまえも俺も・・」「ああ・・そうだな。俺はずっとおまえを憎み続けてきた。何の苦労もなしに、俺からすべてを奪っていくおまえが憎かったな」イヌクが言うと、ジェミンは小さくふっと笑った。「俺も同じだったよ。いつもおまえに脅かされていた気がしたよ。」「スジョンのために、全財産を失ったとき、おまえ・・恐くなかったか?」「あぁ・・それ以上にスジョンが欲しかったからな・・。」「そうだな・・俺は財力を持ったが、決して幸せじゃない。」イヌクは自嘲するかの様に笑った。「ヨンジュも捨てたおまえだ・・。」「俺は愛というものを、スジョンから知った。他の女を愛したことはない。ヨンジュと結婚してからも、ヨンジュには指一本ふれなかった。それでも、おまえには渡したくなかったのかな・・・今思えばつまらないプライドだった。」「プライドか・・俺はおまえが妬ましかった。何もかも自信にあふれ何でも思いのままにできるおまえが・・本当に妬ましかったよ」「それじゃあ何故、あのときスジョンを返した。」イヌクが寂しそうに笑って答えた。「愛されないのも辛いが、愛されていないとわかっていて、それに気付かぬふりをするのが辛かった・・・せめて、スジョンが幸せにさえなってくれれば良いと・・・思っていた」ふ~っとジェミンは、大きく息を吐いた。同じ女を命懸けで愛したという心の痛みが、ある種友情の様なものを感じさせていたのだった。しかしイヌクの心には重い秘密が埋め込まれている事を、ジェミンは知らずにいた。思いがけずスジョンとの再会を果たし、それでも愛する苦しみから抜け出せず、なおいっそうスジョンとジェミンを苦しめたことを思うと、イヌクはスジョンが哀れでならなかった。思わずスジョンを抱いたことをジェミンに告白し、謝りたいという衝動に駆られたが、思いとどまった。あれほど憎みあった二人が、同じ心の傷をもっていることに気付き、お互いを少しだけ理解できるようになっていく、静かな時間が流れた。「もうそろそろ行くよ。」イヌクが立ち上がった。「おまえ達はこのままでいろ。」「ほんとうにそれで良いのか・・?」「あぁ・・早く元気になってくれ」イヌクはそう言って手を差し出した。ジェミンもゆっくり手を出して、二人は初めて握手を交わし、言葉にならない互いの想いを、しっかり重ね合った。そしてイヌクは「じゃあな」と言ってドアに近づくと「いいか、チョン・ジェミン・・・スジョンを頼む。もうおまえ達の邪魔はしないから、スジョンを幸せにしてやってくれ。この先・・・どんなことがあっても・・約束だ」頬に流れ落ちる涙を悟られまいと、イヌクはジェミンに背を向けたまま、そう言ってドアを開け、部屋を出た。すると、スジョンが帰ってくるのが見えたので、イヌクは慌てて柱の影に隠れた。今、もしもスジョンに声をかけられたら、未練が起きるかも知れないと・・・と思った。イヌクは、スジョンがジェミンの病室に入るまで柱の影からそっと見送った。「スジョン・・これでほんとうのお別れだ、幸せになってくれ」イヌクは心の中でつぶやいた。未練を断ち切るための涙は、とめどなくイヌクの頬を流れ落ちた。
Feb 1, 2008
コメント(0)
全12件 (12件中 1-12件目)
1

![]()
