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4つのとげを持つバラ

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2007/03/17
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カテゴリ: つぶやき
プレゼント





「イヤだ、助けてくれ、苦しいよー」

心からの叫びだった。
怯えていた。
動揺していた。
震えていた。

私はしっかり抱きしめながら囁いた。
「大丈夫よ、大丈夫」
しかしそんな言葉が嘘の過ぎないというのを私は知っていたし・・彼自身も知っていたと
思う。

血圧・・異常なし。
体温、呼吸、脈拍・・異常なし。
末梢循環指数・・異常なし。
他覚的所見・・腹部膨満感、緊満、四肢冷感、チアノーゼ・・異常なし。
なんら変わった所見はなかった。
私は安定剤を筋肉注射して部屋の外にでた。

彼は54歳、末期肝臓ガン。体中に転移している。
職業は新聞記者。
入院して2ヶ月。抗がん剤点滴の治療をするにはしたが、もうそれ以上しても仕方ないと
途中からは途絶していた。
食欲がなく中心静脈栄養で何とか栄養を補給している状態である。


「そんな検査の説明じゃわからん」
「何のためにそんなことをするんだ」
突っかかっては怒鳴り散らす日々が続いた。
「あの人、最悪よねぇ」
そう言われていた。


怒鳴ってしまった後に、「はっ」とした表情をする彼の顔を見ていたし、
何にも言わない彼の瞳に時折浮かぶ深い諦めの色を見てしまっていたからだ。
彼は自分の病気のことをどこまで知っていたのだろう。
直接的な病名は誰からも聞かされてはいなかったはずだし、彼の口から病気について話を
聞くこともなかった。
しかし彼の表情を眺めていると何だか自分の状態を知っていたように感じた。

彼に慰めの言葉をかけるのは、元気な私達がかけると侮辱に聞こえるかのように思えた。
彼に励ましの言葉をかけるのは、未来が続くかのような自信を持つ私達がかけると傲慢に
聞こえるかのように思えた。
私は淡々と説明をして、静かに話を聴くことしかできなかった。
「杏ちゃんはな、なぜだか好きやな。」
「うるさいことも、中途半端な慰めもせんやろ、そこがいい」
そういってくれた時嬉しかった。
しかし心も痛んだ。
彼はもう長くはない人なのだ・・。
そういう無力感と諦念に心満たされてしまうからだった。

彼は仲良くなってからもたくさんは喋らなかった。
しかし視線の先に私がいるのに気がついた時
「おっ」
と視線が緩んだり
「あぁ」
と気の弱いところをチラッと見せてくれたりした。
それが私には貴重な想いであるかのように感じた。
彼に何かしてあげたいと思った。
彼が少しでも安楽になれるにはどうしたらいいかと思った。
しかしほとんどできないのが現状だった。
肩を落とし小さくため息をつく私に
「ええねん。あんたが落ち込むことないやろ」
・・・かえって慰めてくれたりした。
それがまた私の心を揺らした。

何にもできない・・・これほど無力感を味わったこともなかった。

そんな日々が続いたある日のことだった。
彼の部屋に入ると彼は大声で泣きじゃくっていた。
体全体が震えていた。
「どうかしたの」
私が声を聞くと彼は振り返った。
「杏ちゃん・・怖いんだよ、何だかものすごく怖いんだよっ」
私の腕を掴んだ。
ものすごい力だった。

「イヤだ、助けてくれ、苦しいよー」

泣き叫ぶ彼の体をぎゅっと抱きしめた。
「どうしたん、いったいどうしたん、なにがあったの」
彼はただ泣いていた。
「怖いんだ怖いんだ怖いんだ、助けてくれ助けてくれよ」

尋常でない彼の興奮した様子に一抹の不安を感じた私は、主治医に連絡を取った。
しかし他覚的な所見でおかしいところはどこにも見つからなかった。
「様子見といてよ、とりあえずセルシン5ミリ筋注しといて。」
主治医はそういって部屋を出たのだった。

安定剤を筋肉注射して暫く背中をさすっていると彼はうとうとしだした。
顔についた涙の痕が切なかった。
さぞかし怖かったんだろう。
さぞかし怖かったんだろう。
そう思うと心が痛んでいつまでも抱きしめていてあげたいと思った。

私は準夜勤務の看護師に申し送りをして帰宅した。
帰りの電車で彼の顔が、彼の泣き顔がふと浮かんで自分も泣きそうになった。
・・どうしてこんな病気が存在するの・・・。
思いながら悔しくなった。

その日の夜うとうとしていると夢の中に彼が出てきた。
「ごめんな、さっきは。」
「何言ってるんです。気持ちは治まりましたか。」
「あぁ、ありがとうな、しゃあないもんな。」
「怖かったんですよね」
「でも君の顔を最後に見ておきたかったんだ。」

そういわれた瞬間えもいわれぬ思いがして私は飛び起きた。
深夜1時過ぎ。
妙にリアルな夢だった。
あまりにリアルすぎた。
私はなぜだか、この瞬間彼が逝ってしまったのだと確信した。
言葉では説明できない予感を感じた。
・・あぁ、今彼は亡くなったんだ・・・。
その思いが自然に私の中に流れた。

翌日出勤して黒板の患者名簿から彼の名前が消えているのを知った。
夜勤者に訊くと夜中に腹腔内出血を起こしてあっという間に亡くなったのだと教えてくれ
た。
「早かったわぁ。」
そうため息をつきながら夜勤の看護師は言ったのだった。

死を直感した彼の恐怖感はどんなに怖ろしいものであったろう。
目には見えない「死」がじわじわ彼の体を蝕んでいく・・。


また一人この世界から違う世界へ旅立っていくのを眺めなければいけなくなった







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Last updated  2007/03/17 08:22:12 AM
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