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4つのとげを持つバラ

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2007/03/18
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カテゴリ: 創作
梅





この駅に降り立つのは久しぶりだった。
最後に駅を後にしてから既に20年以上もたつだろうか。
親友の葬式に出るということさえなければ、もうここには来ないつもりだった。

思い出の街。
ここは思い出したくない思い出や、思い出せない思い出がぎっしり詰まっている街。

そう。
この街は僕には辛すぎる街なのだ。
この街で僕はかけがえのない人と巡り会い、そしてその人を失った。

将来を約束した仲だった。

寡婦で小さな女の子を育てながら朝から晩まで働きつづけた人だった。
「働くのが好きなのよ」
そう言って白い歯を見せてにっこりと笑う表情がすてきな人だった。
「私はアナタのことが大好きよ、ずっとずっと一緒にいたいわ」
その仕草が何ともいじらしく、働きすぎで痩せてしまった体を僕はそっと抱きしめたこと
があった。
彼女はただ微笑んでいた。
僕は彼女の荒れた手を握りながらもう辛い思いはさせないと思ったものだった。

しかしあんなに愛し合った恋人同士だったのに、死は残酷な靴音を高らかに鳴らしながら
やってきた。

あっけない死だった。


「今度梅を見に行きましょうよ、見頃ですって、綺麗よ、きっと。」
それが彼女の最後の言葉になった。

突然の死に私は暫く何にも考えることができなかった。

この世から彼女がいなくなってしまった‥。



ようやくそのことについて考えてみようと思えるようになったのは、僕がこの街を引き払

彼女を思い出すものからひたすら逃げたかった。
仕事も、家も何もかも捨てて見知らぬ街で暮らしたい、そう思って出発したのだった。
それほど彼女の存在は僕にとって大きかったのだった。


‥あれから20年。
違う街で必死になって生きてきた。
全ては彼女を忘れるために。
しかし。
忘れることなんてできなかった。
心の中から追い出そうとすると、心の中で彼女の頬がふくれて怒ったような表情が浮かぶ

夢の中に彼女が出てくるので「辛いからでてこないでくれ」と頼むと夢の中の彼女はホロ
ッと涙をこぼしていたりする。

どうにも忘れられないでいた20年間だった。
忘れられない彼女はよく夢にでてきた。
「アナタは遠い街へ行ってしまうのね。でも必ず逢いにいきますから、待っていて下さい
。」

涙をためながら彼女は僕に言う。
「必ず、必ず逢いにいきますから。」

特にこんな夢を見た後は辛かった。
夢であってもこうして逢いに来てくれる彼女がいじらしく愛しかった。




降りた駅から暫く歩くいていくと懐かしい公園が見えてきた。
彼女とよく観梅した公園だ。
薄曇りでまだ寒さの残る空気の中僕は立ち止まって暫く梅を眺めていた。
亡くならなければ、彼女と梅を一緒に眺めていたはずだった。
幻の彼女の声が柔らかく聞こえる。
「太宰府の『飛び梅伝説』って切ないわよね、ご存知?この話?」

飛び梅伝説。
菅原道真公が太宰府に下るよう命じられた時、自宅の庭のたいそう愛しんでいた紅梅をし
みじみ眺めつぶやいたそうだ。

「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」

その道真公の心を感じいってか、太宰府に下っていった彼の後を追って庭の紅梅が空を駆
け飛んでいった‥という。

彼女は僕の顔を眺めながらいたずらっぽく笑った。
「アナタがどこかへ行っちゃったら私も道真公の梅のように飛んでいくわ。」


梅の香りがそこはかとなく漂ってくる。
追想に浸りながら僕は梅の花の凛とした咲き具合を眺めていた。

・・忘れたくても忘れることなんてできなかった。
アナタの言うとおり僕は20年してここに引き寄せられたかのようにして帰ってきた。
飛び梅はアナタではなく僕の方なのかもしれない・・
そう思いため息をついた。

ふと時計を見ると親友の葬儀の時間が迫っていた。
僕は慌ててベンチから立ち上がった。
その時ふと前の土産物屋が目に入った。和風の土産物がたくさん並べられている。
店の女の子が前の道路をホウキではいている。
その様子をボンヤリと見ていた僕は、はっとした。

あの土産物屋の女の子。

‥彼女にそっくりだ‥

心が高ぶり、思わず早足で土産物屋の方へ近寄った。

女の子を見つめる。

・・似ている・・

じっと見つめている僕の視線に気がついた彼女は僕の方に目をやり、ニコッと笑顔を見せ
た。
「いらっしゃいませ」
笑うとこぼれるように見える白い歯ならびもそっくりだった。

僕は震える声で彼女に話しかけた。
「あの・・つかぬことをお伺いいたしますが‥アナタのお母さんはもしや‥馨さんと仰い
ませんか」

彼女はビックリした表情になった。
「どうして母の名前を‥。」


間違いなかった。
この女性は彼女のお子さんに違いない‥。
僕は訝しむ彼女に昔の友人ですとだけ伝えた。
彼女はニコッと笑った。
「そうでしたか」


もっと話をしていたかったが、感情が押さえきれそうになく、僕は静かに挨拶をして立ち
去ろうとした。

2、3歩進んだところで呼び止められた。
「あの‥傘をお忘れですよ」
女の子から傘を受け取り礼を言った。
「ありがとう」
「いいえ」

女の子の顔の中に突如として彼女の顔が重なった。

「ねぇ、言ったでしょ、私はアナタに逢いに行くからって。あの道真公の紅梅のように。
ようやく逢えたわね。でも再会するのに20年かかっちゃったわね。でも逢いたかったのよ
‥。」

彼女は笑った。
「ようやく逢えたわね。」


これは夢か幻か。

慌てて首を振ると彼女は既に消えていて目の前には女の子が立っていた。

‥女の子の姿を借りて逢いに来てくれたのだね‥。
僕は心の中でそっとつぶやくと、女の子に手を振って歩き始めた。

少し霧が出てきて視界が悪くなった。
僕は歩きながら彼女に手を合わせた。










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Last updated  2007/03/18 08:20:16 AM
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