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4つのとげを持つバラ

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2007/03/19
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カテゴリ: 創作
青蓮院



そこは静かな場所だった。

京都駅から電車でいくつか行ったところで町中であるはずなのに、そこだけなぜだか一切の騒音が遮られ、空間が切り取られてしまっているような錯覚を覚えるほどの場所だった。

少し歩いて寺院に入った。
その寺院の中には美しい屏風絵があって、じっと見ていると今にも動き出しそうな若武者が描かれていたのが印象的だった。

そこから庭園がぐるりと見渡せるようになっていて縁側の内側に一点張りの真っ赤な毛氈が敷かれていた。

「なほ?座ろうか」そう言いながら都築は隅の木の腰掛けを指し示した。

なほは、ゆっくり座りながら目の前に広がる景色を見つめた。

竹藪の緑が目にしみる。雲がそこからわいてでたような形で上に広がり青空の中に溶け行くようだった。

「8月もあっという間に終わるわよね、今年は梅雨が長かったから、夏が短かったような気がするわ」



柔らかい風が汗ばんだ肌に心地よく靡いていく。
蝉がもの哀しげに鳴き、岩の隙間から清水が迸りでるように流れている。

‥きれいな場所ね‥
なんとはなしに、そう思いながらその風景を眺めていた時だった。

「あの、失礼ですが。」

そう呼び止められぼんやりしていたなほは、ふと我に帰った。

「はい?」

振り向くと60代くらいの温厚そうな男性が立っていた。
男性はカメラを両手に持ちながらこう言った。

「今そちらの方で写真を撮らせてもらったんですが‥いえ、あのお二人の並んでいる姿が余りにもよかったので‥つい。しかし肖像権という話もあるでしょうから、ご了解願いたいなぁと。あ、もしご希望ならば、おたくの方へ郵送させて頂きますが。」

初老の男性はなほの顔を見つめた。



都築はしばらく考えて「その画像を見せて頂くことはできますか」と問い返した。

男性は笑顔を見せながら「どうぞどうぞ」とカメラの液晶部分を二人に向けた。


二人が映っていた。


都築が池の方を眺め、なほが団扇で扇ぎながら同じようなところを見つめている。

鶴のような二人に見えた。



なほは、微笑みを浮かべながら「綺麗にとれているわよね」と言おうとした瞬間、都築が言った。


「すみませんが、消してくださいませんか。」


初老の男性は驚いたようになほを眺めた。

なほは、さっと顔が赤くなったが何も言わずうつむいていた。

慌てたように男性は、「消します消します。無理にとはいいません。すぐに消せるんですから、ほら、すぐにね。」と言いながら目の前で画像を消した。

その男性が立ち去りしばらく二人は無言で池を眺めていた。
鯉が悠々と泳ぎ清水が池に流れ込み水紋を描いている。

しばらくして都築は「そろそろ行こうか」となほに言った。
なほは、立ち上がりながら向こうで違うものを撮っているさっきの男性を眺めた。

蝉のもの哀しい鳴き声が泣き声のようにも聞こえてくる。


なほは一点張りの赤い毛氈に沿って歩きながら、「私の人生もこんな毛氈のように真っ直ぐだったらよかったのに」と思った。
少し目頭が熱くなったが、気を取り直して靴をはいた。



この人には奥さんがいる‥帰る家もある。
現実に一緒にいられない間柄だから。
でも‥。
写真の中にでさえも一緒にいることはできないのね。

足跡を残せない。
二人が一緒なのを誰からも知られてはならない。
私たちはみんなの目に触れていながら、実は一緒にいてはいけない存在なんだわ。
誰からも祝福されない、存在してはいけない間柄‥。

そう考えるとなほは、寂しくなった。

たかが写真に映るか映らないかの話なのに、今のなほには妙に象徴的な出来事のような気がしてならなかった。

「見う見うゼミ」

‥逢いたい逢いたいと鳴くセミの泣き声。

なほは暑いはずの京都の町並みを眺めながら妙な寒気を覚えた。

そんななほの気持ちを知ってか知らずしてか都築は肩を引き寄せ「行こうか」とだけ呟いた。

なほは、過去か未来か分からぬ残像をまぶたに残しながら「はい」とだけ答えた。








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Last updated  2007/03/19 03:44:03 AM
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