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4つのとげを持つバラ

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2007/03/19
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カテゴリ: 創作
桜


庭に出てみるとソメイヨシノのツボミがかなり膨らんでいた。
鈍色の雲の隙間から時々太陽が顔を覗かせてその間だけ周りを春めいた空気にさせてくれ
るかのようだ。
灰茶色の桜の幹に手を当てて見るとじんわり暖かさが伝わってきた。
花の開花ももう間近いのだろうか。
そんな事を思いながら、庭に佇んでいると裏の木戸を開ける音がした。

誰なんだろう。

視線をやると、懐かしい姿が飛び込んできた。
「菊田さん?いや、お久しぶりやないの・・。」


たんだと言った。
私の覚えている彼の姿からは大分やせ細った様に感じられた。笑うと深い皺が刻まれ、痛
々しげに見えた。

「どないしてはりましたんな?」
一年前に妻に先立たれ息子と二人で暮らしているのだと言った。
仕事一筋で家庭的な事はあまりしたことがなく、息子とどう過ごしていいのかわからない
、暫く悩んだが最近はどうにか暮らせる形になってきたのだと話した。
淡々と話す彼の口調からは推し量る事ができないほどの苦労があったのだろうと思った。

彼の気性はよく知っている。
真面目で几帳面だが融通がきかない。
感情の表現がほとんどなかった。

表現の頑なさで人間関係に悩みを持つ人だった。

「マサオ君は大分大きくなりはったんでしょうな、もう成人式迎えはったんかな?」

そんなとめどもない会話をしていると彼が昔を思い出すかのように言った。

「杏樹さんは、昔とちっとも変わっていませんね。突然訪ねてきた私を何の違和感もなく
受け入れてくれはる。最後にお逢いした時もそうでしたよね。『いつかまたお逢いできる

ったものね。」

私は微笑んだ。

「縁があれば何らかの形で必ずつながりができますもの。ですから、突然いらしても何の
不思議も感じませんでしたわ。」

彼は私を愛しむような優しい目つきをした。

「そう、縁があるもの、続いていくものであるという貴女の言葉を思い出したから…だか
ら私はここへ来たのですよ。貴女と魂で繋がっていると言いたかったから。」

彼は続けた。

「杏樹さん…昔貴女を手放してしまった事をずっと心に残してきた。私と逃げて、と泣い
た貴女をごめんと遠ざけてしまった罪悪感を今でも感じている・・。あの時何もかもが捨
てられなかった私の弱さを許してくれたね。貴女は諦めたような目で私にむかって微笑ん
でくれたよね。」

私は笑った。

「そんな昔の話もう忘れてしまいましたわ。」

彼はそうだねと遠い目をした。

「しかし心というものは残ってしまうものなのだよ。縁があればという貴女の言葉がなぜ
だか記憶にずっと焼きついていた。忘れられやしなかったんだ、貴女の事が。」

一瞬二人の間の時間が止まり、私は懐かしさと愛しさとで胸が一杯になった。
あの頃に逆戻りしたかのようだわ・・。
これまで思い出してはいけないと自分に禁止をかけていたこと、思い。
少し流れだしたような気がした。

しかしその瞬間、周りの空気をかき乱すかのように奥の間にある電話機がけたたましく鳴
り響く・・。

二人ははっと夢から覚めたかのように顔を見合わる・・。

「すみません、こんな話をするつもりじゃなかったんだけど、じゃ、これで・・・。」

謝りながら彼は庭を後にして立ち去った。
相変わらず影の薄い後姿だった。
彼を見送った後、私は受話器を取った。

「もしもし…?」

電話の主は今さっきまで話していた菊田さんのご子息からだった。

「あぁ、今しがたね、お父さんがいらして…」

そう言いかけて私は凍りついた。


それは彼のお通夜の告知を知らせる電話だからだった…。


庭で桜のツボミが風に揺られている。
切れ間から覗かせていた日差しは影を潜め、鈍色の黒っぽい雲が今も泣き出しそうに広が
っていた。









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Last updated  2007/03/19 07:57:29 AM
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