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4つのとげを持つバラ

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2007/04/02
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カテゴリ: 創作
世界にたった一つの花


梅雨と梅雨の間の中休みの日だった。
久しぶりに晴天が広がりすっきりとした感覚を抱かせる。
庭の沙羅双樹の白い花が開きそれが光を浴びて照り映える。
夏の到来を思わせるかのような日だった。

午前中来客があった。
去年までこのホームに入所していたおばあさんの家族の方だった。
ここを通りかかったら懐かしくなってつい立ち寄ってしまったのです、そう話された。
ホームの建物を懐かしく見回しながら「ここでお世話になっていたんですよねぇ。」と仰られた。
応接室に通し、暫くお茶を飲みながら思い出話をした。

私は玄関で見送りながら彼女の姿の上に彼女のおばあさんの姿を思い出していた。

私は事務室に戻り机の引き出しを開けた。
取り出したのは、一枚の栞。
それを見るたびに先ほどの彼女のおばあさんのことを思い出す。
思い出の栞だ。
少し黄ばみかけた紙の向こうに彼女の笑顔が見える。

この栞をくれたそのおばあちゃんとは、私がここに勤めだしてすぐの頃出会った。
94歳の彼女は肺を患っていた。
動くと息が苦しくなるのでほとんどベッドの上で休んでいた。
限られてしまった生活に不満も言うことなく、彼女は静かに人生を送っていた。
気むずかしくて我が儘だとみんなからいわれていた彼女だったが、不思議と私とは気があって仲良くお喋りをしては笑っていた。

そういって何ともいえないいい笑顔をしてくれた。

訪室すると、彼女は決まって日露戦争に出征した海軍中尉の父の話を良くしてくれた。
お父さんっ子だった彼女は、地元の有志である父の晴れやかな姿を生き生きと話してくれる。
女学校の来賓として出席する父の姿を見つけて小さく「おとうさん」と呼ぶと振り返りにこっと笑ってくれて嬉しかったこと。
「あの方があなたのお父様なの?」

どんなに凛々しい父で、その父に褒められるとどんなに嬉しかったか、ぽつぽつと話をしてくれた。
話すときの彼女は94歳ではなく、10歳の小さな少女に戻っていた。
彼女が見せてくれた古い写真に写っている髭を生やした精悍そうな男性。
直接繋がりはないのに、私はその中の男性と何回か会話を交わしていたような親しみを感じた。
「本当に自慢の父だったのよ。私は大好きでねぇ、早くに亡くなってしまったけれど、たくさんの思い出をもっているわ。」



ある日彼女と話していると質問をされた。
「あら、可愛いネックレスね、どなたかに頂いたの?」
私は、生き別れた母親がしていたネックレスだと答えた。
これをしていたら、私をかわいがってくれた母の事を思い出す、と。

彼女は、答えを聞くとベッドに体を横たえながら、遠くを見るような目つきをした。
「いい想い出ね、私も思い出すわ・・。」
静かに彼女は話し出す。
「私の父は私が10歳の時に亡くなったの。当時私は悲しくて、悲しくて。よく学校の帰りにね、お墓に立ち寄ったものよ。
あの頃お墓っていっても、大きな室みたいなところでね、大きな岩の扉を開けると中に入れるの。こっそり入って中の薄暗い所を歩いていくと、父のね、骨壺がおいてあるの。あれをしっかり抱きしめてね、静かに目をつぶってたわ。いつも一時間くらいだったかしらね、その間はお父さんと一緒にいられるような気がしてたわ。」
お下げを結った少女が、墓室で父をしのんで骨壺を抱きしめている・・。
その気持ちが私には痛いくらい伝わってきた。
普段の彼女の話す父親に対する愛情を思い出したからであった。
しかし一方で決して感傷的にもならず、決して後ろ向きに考えるでもなく、ふたりの想い出を純粋に懐かしんでいる。
そんな感じもした。

ふと彼女は、夢から覚めたように辺りを眺め、ふわりと笑った。
「おかしいわね。94年間生きてきて、初めてこのこと貴方に話したわ。自分でも忘れてた位遠くになってしまった想い出だったのにね。」

そんな彼女に私もつられて笑った。
「私のネックレスも、おばあちゃんの骨壺と同じなのかもしれないね。ものには、魂が宿るっていうけれど、ものには、想い出も宿るものなのかもしれないわね。」

天井を眺めていた彼女は、ふと思いだしたように起き上がって、たんすの引き出しを開けた。中から和紙で組まれた栞を取りだした。

「私が作ったの、来たらあげようと思っていたの」
赤とピンクの和紙を三つ編み状に組み紐のように編んだ小さな栞だった。
「ありがとう、大切に使わせていただくわ」
私がお礼を言うと彼女は照れたように笑った。
その笑顔と彼女の少女の頃の笑顔が重なったように思えた。
はにかんだ笑顔だった。


それから夏休みで長期休暇を取り、暫く仕事から離れて楽しんだ私が久しぶりに職場に復帰したとき、初めて彼女の訃報を知った。
あれから暫くして容態が悪化したらしい。
眠るように息を引き取ったと聞いた。



私に残されたのは、一枚の栞。

栞を見ると、彼女が、彼女の父親が、骨壺のことが、今も鮮やかに思い出される。
栞には、彼女の魂が、彼女の想い出が込められているんだと感じている。

そう思いを巡らせながら先ほどのおばあさんのお孫さんの言葉を思い出していた。
「あの頃はどうもいろいろお世話になったみたいで、ありがとうございました。うちのおばあちゃんはね、それはそれはあなたの事を気に入っていたみたいでねぇ、行くとよく話しをしてくれたんですよ。」

聞くとどうやら、廊下で気分が悪くなったおばあさんを背中におぶって部屋まで連れて行って寝かせたことが嬉しくて何度も家族に話をしていたらしい。

「ここにはねぇ、顔は可愛いのに怪力を持つ看護師さんがおってねぇ、私をおぶって部屋まで運んでくださったのよ。おぶってもらうだなんて・・小さい頃お父様におぶってもらって以来してもらったことはないのにねぇ。」
そういっていたらしい。

あなたが怪力の看護師さんですかと笑われた。
私は急に胸が切なくなって苦笑いして「そんなこともありましたね」と答えた。

そんなことを思い出しながら私は、人間が本当に死んでしまうのは心臓が止まった時ではなくて人の記憶から忘れ去られた時だ・・そう誰かが言った言葉を思い出す。
そう・・人の心に人間は生きていられるんだ。

私は寂しくなるとそれを思い出す。











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Last updated  2007/04/02 08:09:35 PM
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