***道草***
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なんだか日々空しくて 惰性で生きて居るような。せっかく助けてもらった大切な命なのに。体力保持だの体重増加のためだのと 口実を作ってはだらだらと過ごす自分が腹立たしくさりとて主婦として最小限度のことしかしない矛盾だらけの私。笑ったり、おどけたりはしているけれど 心の底ではもがいている。あ~やだやだ こんなんじゃ人生つまんない。そこで、自分自身でセラピーを試みることにした。自分の気持ちを見つめなおすことが回復への道と信じて。今の自分の嫌なところは? やる気・根気が出ない。興味が持てない。感動することが少なくなった等等。 以前はおばちゃんなりに気持ちの張りがあったような 「そんな日もあるさ」と、数ヶ月。 そんな日ばかりになっちゃった。何時から? 何時から?何時からだろう? 2月の中旬に退院して 飲む抗がん剤の副作用に4月の中旬まで苦しんだ。 少しずつ体調が回復してきた時に 共に病と戦った友がこの世を去った。 心の整理は済んだつもりだったのに その時から空しさが始まったのかもしれない。体調・心理面で思い当たることは? *先に書いた友の死。 年末年始の一時退院を含め約3ヶ月。 時には筆談で語り合い励ましあってきた。 まさかの訃報に愕然とし、どうしようもない悲しみと共に 5年生存率という言葉を身近に感じた *再発・転移の恐怖 去年8月に発症、市内の病院を経由して9月末医大診察時はステージ2。 治療を開始した11月中旬ではすでにステージ3になっていた。 その悪性度から 化学療法+放射線治療さらに外科手術を受けた。 これで終わりかと思ったら退院後に 再発・転移の予防に錠剤の抗がん剤を 飲むことになった。 予定では2年間。とりあえず1年飲んでその後考えようということでスタートした。 副作用は少ないらしいが私にとってはきつすぎた。 2週間飲んで1週間休み さらに2週間飲んで・・・ギブアップ。 飲み続けるリスクと飲まないリスク。 私は後者を選んだ。より自分らしく生きるために。 *顔の変形。 躊躇したが結婚式出席のため田舎に帰った。 老いた母が私の顔を見るなり「かわいそうに そんな顔になってしまって」と、 涙を流した。唇から頤を通って顎のライン、そして傷跡は耳の後ろまで続く。 片側の骨は上あご下あごの一部から顎関節のあたりまで切除。 もちろん片側の顎の筋肉もない。ほほの肉も。 代わりに顎には腹筋を巻いたチタンプレートが入っている。 口腔内のほほからのどの奥にかけておなかの皮を移植。 うふっ まるでサイボーグ。 なので、まだ腹筋の収縮が残っていて ほほがこけているのにこぶとりばあさん。 あともう少し腫れが減ってくれたらいいんだけど。 *口腔内の不都合 ようやく味覚障害が治りつつある。唾液障害はまだまだだな。 痰も一時期ほどではないが出る。 説明はしにくいがもうひとつ小さなのどがあるような違和感。 水を飲みながらもうひとつののど?から同時に空気が漏れる。 溺れるような感覚。 ずいぶん慣れたが飲んだつもりのサプリメントが小さなのどから戻ってきたのか 移植した皮膚の奥に潜んでいて・・・。 そうそう 噛むことも難しいところがあるな。 *なかなか体重が増えない。 少しずつ食べる量が増えてきたが いまだに36キログラム。 抗がん剤の副作用で体重が減った時は33.7キログラムだったから増えることは増えた。 でも、不満足。 目標40キログラムでバイクに乗ると決めている。 *股関節の痛み これは持病。せめて股関節でも良かったらもっとはつらつ動けるだろうに。 のろまな亀さんが行く状態。うっとうしさに拍車がかかる。 ただ、今は体重が軽いので痛みはさほど出ない。 たまには良いこともあるもんだ。 *その他もろもろ元来「まっいいか・ケセラセラ・なんとかなるさ」のお気楽主婦なんだけどこうして書き出してみれば 結構それなりに深刻ではないか。深刻そうだがこれらのことは私の中で消化は出来ているつもり。たとえば 生存率や再発・転移に関しては思い煩わないことにしている。ネットや本によれば ステージ3の場合生存率が40%~60%台が多かったように記憶している。だからってどうなの?。99.9%の生存率でも残りの0.01%に当たるかもしれない。反対に0.01%の生存率でその幸せな0.01%に入れるかもしれない。再発・転移にしても然り。先のことは誰にも分からない。織田信長の時代では人生50年と言われていた。その時代で言えばおまけの人生ではないか。いや、今の私は周りの人たちに支えられておまけの人生を生きているのかもしれない。ならば、もっと心に張りをもって生きたい。なのにどうして気力が?と堂々巡り。そのほかの事柄も 時間経過とともに少しずつ改善されるだろうからと ケセラセラ。どうすればもやもや状態から抜け出れるのか。どうすればもっと積極的な気持ちになれるのか。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。一日遅れの夕刊を読んだ。目が覚めた。それは松井秀樹の「目標と夢を持って、常に自分の足元を見詰ながら頑張ってほしい」。高校球児たちとの対面の際の激励の言葉。この言葉、私の胸にも留めておこう。私に足りなかったもの。それは「目標と夢」。ただひとつの目標だった40キログラムがなかなか達成できなくて より落ち込みがきつかったのかもしれない。次の一歩がどうしても踏み出せなくてもやもやしていた。霧が晴れたように一筋の光が見える気がする。どこに目標を置こう。どんな夢を描こう。久しぶりにわくわくしている単純な私。次回に続く・・・なんちゃって。
2006/08/31
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