PR





次回は 12/19
★青山は原則、1卦(ひとつの物語)を1回90分で読み切ります。
※この講座は分からないことを気にせず読み続けていけば、難解な易経と思われがちな多くの約束事や基礎知識が知らず知らずのうちに身に付くように工夫しています。途中受講も可。半年受講後、多忙になり3ヶ月休んだ後に受講を再開されても大丈夫です。サボりながらでも継続されていけば必ず理解できるようになります。
☆途中受講OKです。
☆ご注意! 占いではありません。
※ 「オンライン」
●翌月曜日より 2週間の見逃し配信があります。
申込先:
https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1238192.html
毎回1卦ずつなので、 短期間で64卦を押さえる
ことが出来ます。
なるべく短期間で易経全体を把握したい場合は青山講座をおススメします。
★
☆
【利と義は対立しない】
利益の追求は企業の義務ですが、
利益優先に走れば道理を見失います。
易経は、「利は義の和なり」と教えています。
「利」は利益、「義」は原理原則に従った正しい経営です。
「利」を得るには私情・私欲を厳しく断ち切って
良い実りを得る「義」が必ず必要です。
つまり利と義は相反するという発想はしていません。
原理原則に則って春に種をまき、
秋に収穫する正しい経営は、
中長期的に見たら必ず利益を生みます。
ところが、目先の利益を追求するという視点でみれば、相反する。
だから、義には目をつぶって利をとろう、という会社が多いのです。
利益を優先するとはつまり、「時流」に乗ることです。
一方、利と義が和するということはその時にぴったりの、
的に中る行動である「時中」を行うことです。
また易経は、
「何をもってか位を守る、曰く仁。
何をもってか人を聚むる、曰く財。
財を理め辞を正しくし、民の非をなすを禁ずるを、義という」
と、教えています。
竹村 意訳:
企業は仁愛、つまり社会貢献によって信用を守り、
財をもって、働く人々を集める。財を有効に使い、
企業の意志と透明性を言葉であきらかにすることで、
非合法な過ちを犯そうとするのを禁じることができる。
これが正しい経営である。
「財を理め」は、「理財」の出典です。
易経は、財の運用、経済の回し方にも
「義」が必要だと教えています。
片手で民から搾取し、もう片方の手で慈善事業といって
寄付をすることではないのです。
『超訳 易経 陽』赤本より
☆
★
☆
【自然農法以外に病気治療法まで?~无妄の病】
天雷无妄には自然農法以外に病気治療法まで書かれている。
「无妄(むぼう)の疾(やまい)あり。
薬(くすり)することなくして喜びあり。
象に曰く、无妄の薬は試(もち)うべからざるなり。」
「无妄の病」とは、たとえば、
風邪を引くことも、体にとっては自然の代謝であって、
熱が出るのは体が風邪の菌をなくそうとして働いている結果です。
風邪であれば水分をとって寝ていたら、
あれこれ薬を飲まなくても快復します。
そして免疫力が強くなって健康になります。
それがわかっていれば、
自然に起こったものごとの滞りを、
何もしないで見守ることができるのです。
現代はすぐ薬にたよりますが、薬漬けはよくありません。
「薬(くすり)することなくして」とは、
無農薬にも通じます。
人間も、大地も、大自然も、元来、
良くなろうとする回復力、免疫力を持っているのです。
『超訳 易経 陰』(新泉社)青本より
☆
★
☆
【自然に即していれば「天雷无妄」は怖くない】
自然に逆らえば最初に人災が起き、その人災は天災を呼ぶ。
そして自然に逆らい続けるなら、人災と天災が増幅して起きてくる。それでもなお、自然に逆らい続けるのか。
自然に逆らう生き方とは人間中心の考え方です。
経済活動しかり、ほかにも農薬や化学肥料による土壌汚染、抗生物質など抗菌による免疫不全やアレルギー、また環境破壊による異常気象、目に見えない細菌や微生物などの生態系の破壊などが挙げられます。
『土と内臓』
(デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー:著 片岡夏実:訳/2016年/築地書館)
この本は、易経の「天雷无妄」が教えることが表現を変えて書かれているようです。
「より深刻な抗生物質の乱用が進行中」で「全世界で使われる抗生物質のおよそ九〇パーセントが、明らかに感染のない動物に使われている」
「人間と動物に共通して感染する微生物のあいだに、抗生物質耐性が急速に広まれば、将来の世代は、一度は克服したと思われていた感染症に日常的にかかって死ぬ恐れが生じる」
とある。
コロナウイルスも、この人間中心主義の結果でしょう。
とくに経済活動は最も人為的なことですから、このままこの状態を進めていけば、災眚(さいせい・天災と人災)を繰り返し、経済はますます混乱、混迷を窮めると警告を発しています。
つまり、自然に倣って、自然や人を大切にする生き方・働き方をしなさいと易経は教えています。
漢字辞書編集者の円満字二郎氏によれば、「禍(わざわい)」という字の「示(しめすへん)」は神とか、社とか、神様に関係した字に出てくる部首ですが、戦禍や舌禍、輪禍、薬禍などとして使われ、人間が引き起こす出来事であるということです。
コロナ禍も、人の営みが深く関わっている、つまり人災といえるのではないでしょうか。
一方、さまざまな危機は「学びの最高のチャンス」ともいえます。危機はかならず終わるけれども、またかならずやってきます。自然災害は十~三十年ごとにあります。とてつもない大きな災害も五十~百年ごとにあります。また来る危機に備えて学び準備すれば、いつ、どこで何が起きても、生き延びられるようになります。
易経は全編にわたって、困難な時や理不尽さが、いちばん人を成長させると書かれています。
『超訳 易経 陰』(新泉社)青本より
☆
★
☆
『易経一日一言』
※易経一日一言を一年間通して読まれれば、
易経に書かれているおおよその内容を把握出来ます。
☆本当は一日一言は毎日投稿した方が良いのですが、
時間に追われているため、数日分を纏めてUPしています。
易経一日一言は12月1~7日です。
※易経一日一言を一年間通して読まれれば、
易経に書かれているおおよその内容を把握出来ます。
~帝王学の書~12月1日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆神 武(しんぶ)☆
神(しん)はもって来(らい)を知り、
知はもって往(おう)を蔵(おさ)む。
それたれかよくこれに与(あずか)らんや。
古の聡明叡知、神武(しんぶ)にして殺さざる者か。
(繋辞上伝)
霊妙な徳をもって未来を知り、過ぎ往く過去を蔵(おさ)める叡知を持つ。
過去と現在、未来を掌握するなど誰ができるだろうか。
それは聡明叡知にして、神武(しんぶ)を持ち、
人を殺さなかった古代の聖人であろう。
「神武(しんぶ)」とは、神の如き武勇。
刑罰を用いたり威嚇しなくても、人が心服する武徳。
神武天皇の諡(おくりな)の出典という説もある。
~帝王学の書~12月2日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆正しいことを誇らない☆
世に善くして伐(ほこ)らず、徳博くして化す。
(文言伝)
正しいことをしたから、
あるいは素晴らしい商品を世に出して賞賛を得たからといって、
誇ってはいけない。
それは当たり前のことをしただけのことだから、
正しくない人や、それができなかった人を責めてはならない。
すると、その徳は世に広まり、人を感化する。
その姿勢と行いが当たり前のこととして世の中に広まり、
人々は感化されるのである。
~帝王学の書~12月3日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆退く勇気☆
亢(こう)の言(げん)たる、進むを知って退くを知らず、
存するを知って亡ぶるを知らず、得るを知って喪うを知らざるなり。
(文言伝)
「亢(こう)」は驕り高ぶったリーダーの喩え。
進むことだけで退くことを知らず、
繁栄し続けると思い込み、衰退することを考えない。
利益を貪(むさぼ)って、失うことを知らない。
賞賛され続ける優れた人ほど、危機管理能力を失いやすい。
退くことを厭(いや)がり、省(かえり)みることを渋るのは、
自分も物事も客観視できなくなったことの表れである。
~帝王学の書~12月4日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆優れたリーダーの三条件☆
君子はその身を安くして而(しか)る後に動き、
その心を易くして而る(しか)後に語り、
その交(まじわり)を定めて而(しか)る後に求む。
(繋辞下伝)
優れたリーダーは三つの能力を修めている。
第一に危ない時には動かない。
負ける喧嘩はしない。
第二に、よく考え、確信を持ってから平易な言葉で語る。
思いつきで語ることはない。
第三に、人とは親しく交際し、その信頼を深めてから物事を求める。
~帝王学の書~12月5日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆邪を閑ぐ☆
邪(じゃ)を閑(ふせ)ぎてその誠を存し
(文言伝)
「邪を閑(ふせ)ぐ」とは、
外からの「邪」ではなく、自分の中の「邪」を防ぐこと。
どんな人でも正(誠)と邪の両方を持ち合わせている。
人間誰しも弱く、邪心が芽生え、罪を犯す可能性がある。
自分には邪心などないと思っていたら防ぐことはできない。
内なる邪を自覚して、それを防ぐための仕組みを作ることが大切である。
企業に不祥事が起こるのは、「邪を閑ぐ」努力をせず、
それを誤魔化す環境を経営者自らが作った結果である。
~帝王学の書~12月6日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆行き過ぎに注意☆
飛鳥(ひちょう)これが音(いん)を遺(のこ)す。
上(のぼ)るに宜(よろ)しからず、下(くだ)るに宜(よろ)し。
大いに吉なり。 (雷山小過)
飛ぶ鳥の鳴き声はするが、姿は見えない。
高く飛び過ぎてばかりで止まる場所を得ないのでは、疲れてしまう。
飛び過ぎたな、無茶をしたなと思ったら、
速やかに力を抜いて地上に降りて休むのがよい。
これはやりすぎを戒める、日常のあらゆる事柄における教訓である。
雷山小過(らいさんしょうか)の卦名(かめい)
「小過(しょうか)」は、少しく過ぎる。
日常的な事柄に関して少しずつ行き過ぎや過(あやま)ちがある時を説く。
~帝王学の書~12月7日の『易経一日一言』(致知出版社)
☆大転換期☆
号(さけ)ぶことなかれ。
終(つい)に凶あり。
(沢天夬)
沢天夬(たくてんかい)の卦(か)は
権力者を決(けっ)し除く時を説くが、
ここでは追われる権力者について述べている。
どれほど助けを求めても、救いはこない。
終わりには追い落とされるのだから、
決心して自ら退くべきであるといっている。
「夬(かい)」は決壊の意味でもあり、
時が至って勢力に押され、破れること。
幕末期はまさに沢天夬(たくてんかい)の時といえる。
時代の転換期には、行いの良し悪しに関わらず、
「時の勢い」によって滅ぼされるということがある。
『易経一日一言』(致知出版社)竹村亞希子=編
ジャコメッティ 歩く男



☆
★
☆
一般参加可能な易経講座/10月11~18日の… 2026.10.11
一般参加可能な易経講座/10月2~10日の「… 2026.10.02
一般参加可能な易経講座/9月23日~10月1… 2026.09.23