PR
サイド自由欄
カレンダー
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
宍戸記序
宍戸氏者舊源姓之嫡流典厩義朝之末子八田四郎知家之苗裔也累代以武名鳴乎世文
流深瀬弾正忠隆兼恐祖功之不傅于世、粗探其奇諜異節、筆之於書、號昔物語、後
胤次郎兵衛尉忠良、績之以為宍戸記、於戯両先生之志、匪啻使此書為世翫、欲使
後裔閲之者、起其惰気励其義気也惜乎先生、處身於戦爭之衛、不能専心於筆硯之
間耳、知家二十一代嫡孫丹波守就宗豁達大度好古思往命臣某以校正之、正識以君
命之厳不已オ之疎刪繁芟蕪提其要、而撰之漸成十六巻
清和帝以降、至義朝、偏見于國史小説、余不敢贅之、自和家備前守元続迄、十七
代四五十余年之間、若悪四郎元家之英勇安芸守隆家之謀畧之類、捜家譜所載、聚
耆老所傅、廣記而備書之云爾
元録十六癸未秋九月日
等々力氏不染軒正識
於茅屋松燎下書
、源姓の嫡流である義朝の末子・
八田四郎知家
の子孫なり。
累代 、武勇に優れており、世に知られている。
支流の 深瀬弾正忠隆兼 は、これを後世に伝える べく、伝話を集め、記録した。
さらに子孫の( 深瀬) 次郎兵衛尉忠良 が 、これを宍戸記(元本)としてまとめられた。
この書は単に 読み物とするにあらず、子孫に義を伝えることを願うものである。
惜しまれることに、両氏とも戦乱の世にあり、執筆に没頭出来なかった。
知家から 21代の 就宗 は、闊達にして度量が大きく、古くを知り、家臣の私に、 「これをよく調べて正式編纂するように」と、命じられた。
正しい 記録とするのに、君名の厳しさのみならず、才覚の不足故、無駄や誇張を削り、要点を明確にして、良く調べて選んで、ようやく16巻をとりまとめた。
清和帝以降 、(源)義朝に至るまでは、国史や他の資料に記述があり、あえてここに綴らなかった。
知家より備前守元続までの17代450余年の間は、元家の若い頃の武勇伝や隆家の活躍の部分を、記録に残る所を探し、伝話を集めて、比較検討して文書化した次第である。
元禄 16年( 1703 )みずのとひつじ秋9月の日
等々力氏不染軒 主筆
書斎の松のかがり灯の下で書す
260809講演・荒尾市立図書館・荒尾の城址 2026.04.12
260209お知らせ・図書館・講演会・荒尾の… 2026.02.10
241217例会・実施・赤田池 2024.12.17