荒尾史学会のブログ

荒尾史学会のブログ

PR

×

サイド自由欄

熊本県荒尾市で地元の歴史を勉強するサークルです。
気になる情報が有りましたら、コメント下さい。
タイトルの左端の数字は、YYMMDDです。
本文最初の行の数値は、緯度経度です。Gマップで位置が判ります。

カレンダー

コメント新着

名無し@ Re:200327 マップで発見!海に航空機?がとまってる!(03/27) 例の飛行機は沼島に上陸!?してるみたい…
コンデイ @ Re[1]:180516玉名・岱明・史学会活動・史跡巡り・上の六地蔵(06/28) 本田豊一郎さんへ 本田様、最初に返信が遅…
コンデイ @ Re[1]:190808熊本・熊本城内・軍旗染血之跡碑(01/03) satakeさんへ 返事が遅れました。 このコ…
本田豊一郎@ Re:180516玉名・岱明・史学会活動・史跡巡り・上の六地蔵(06/28) こんばんは はじめまして 玉名市岱明町大…
satake@ Re:190808熊本・熊本城内・軍旗染血之跡碑(01/03) 荒尾史学会様 初めまして 佐武広(廣)命…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2019.07.14
XML
カテゴリ: ・・府本・樺
「賀庭寺古塔群」をご紹介します。 32.96661, 130.49148
賀庭寺は廃寺ですが、きれいに整備されています。



「賀庭寺古塔群: 賀庭寺は保元年間(1156~1158)に延暦寺の末寺として建立されたと伝えられる天台宗の寺院である。かつては荘園領主の庇護のもと、寺内に44の僧坊があり、多くの寺領を有し繁栄したというが、戦国時代に衰え廃寺同然になった。江戸時代の初めに再興されたが、明治初年廃寺となった。古塔群は、寺跡に残っていたものに併せ、広く周辺の山野、集落内に散乱、埋没していたものを収集し再構成したものである。現在は宝塔41基、五輪塔118基、板碑4基、の合計163基がある。これらの古塔は形容、位置とも元のままではないにしても、賀庭寺の歴史、石塔の変遷を知る上で貴重なものである。」
宝篋印塔 (ほうきょういんとう)

ずらりと並ぶ石塔



このような方の努力により保存されているのですね。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.02.27 16:09:54
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: