荒尾史学会のブログ

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2020.04.09
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・玉名の史跡
菊池川沿いに小さな公園を見つけました。 32.97019, 130.59457

面白い石像がありましたので、興味をもちました。

たぬきとかっぱを両脇にしています。

人の子になんのかんのというけれど わが子の罪に源苦労する 叶源九郎


源九郎さんは、玉名市月田に住み、代々、紺屋(あい染物屋)を生業としていました。本名を叶源九郎常信といい、幕末から明治初期にかけて実在した人物です。源九郎さんは、頭が良くて、そればかりか世話好きでもあったようです。また、とんちが大の得意で、その一流の話術で村人にもずいぶんといたずらをしたようですが、村人からは慕われ、村の世話役を務めたりしました。そのうえ、源九郎さんは、鉄砲撃ちの名人でもあり、お酒もたいそう好きであったということから、これらにまつわる面白い話が、「源九郎さんの鴨りょう」、「源九郎さんのガラッパ釣り」、「源九郎さんのどじょうとり」等などたくさん残っています。』
(ブログ「熊本の花所」より転載)

源九朗さんのどじょうとり

むかーしんこつ、源九郎どんちゅう人がおったばってんがー、漁の名人でかる、金毘羅さんば信心しとらした。
そんころは、秋の彼岸になっと、村ばいくつかに分けち、宮ごもりして、太鼓ばたたいて、豊作ば祝うて、大人も子供も座元の家さん集まって、子供ン分な芋の葉っぱに「ごくろうさん」ていうて、ごはんとざぜん豆ばもろうてなー、大人はお神酒ばいただきながるどじょう汁食うごてなっとった。
ばってんが、そん年ににかぎって、どじょうの一匹もとれんだった。「こらあ、たのしみのどじょう汁のくわれんばい。こまったー、こまったー」て、しょうけばもってうろーうろしよらした。
だっでんあきらめようかてしよらしたとき、源九郎どんがところへ「名人だけん」てゆうて頼みぎゃこらした。「あ、ちーっとでよかけん、どじょうばとってきてくだはりまっせんどか」実は源九郎どんなどじょうのおらんてゆうとはしっとらしたばってんが、 村人の頼みだけんつっけんどんにもされんとたい。
「わかりました、明日の昼まじにゃどぎゃんかしましょ」て約束さした。 がちゃかりおらんとだけん、とるるわけのなか。 「やすうけあいせんばっかりだったー」て悔やましたばってんがしょわなかたい。
(熊本の民話メニューより転載)


菊池川・白石の堰が見えます。





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最終更新日  2020.04.09 00:00:15
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