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2020.11.24
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・玉名の史跡
2019/03/19の講演会「小代武士団」で、小代一族の海賊物語を教わりました。
その中で、横島に「新九郎坂」と言うのが今もあるそうです。

小さな坂道ですが、説明の石碑があります。

新九郎坂: 昔、横島が海中の孤島であったころ(およそ500~600年前)小代一族の武将で、通称「新九郎」という水軍がここに本拠を構え伊倉・高瀬の両港に出入りする商船から案内料や通行料を取っていたという。従わぬ船からは強制的に金品を没収したので人々から「海賊」として恐れられていた。  この本拠から坂を下り船を出す海辺まで百五十間の坂道を今でも「新九郎坂」と呼ぶ。


中央の赤いピン位置です。
AとBのルートが、新九郎坂です。山の上から下まで坂です。
横島は、海に囲まれた島でした。周囲は海(有明海)です。今は農地です。
横に長い島なので横島と呼ばれたのだそうです。
今は、山頂は「山の上展望公園」として整備され、池辺吉十郎の墓も在ります。


元、海だったこの地を、せいしょこさんが干拓により農地にしてくれました。

現在の加藤神社です。
この道の左手に、新九郎坂の登り口があります。

以下に、元の高瀬の港の様子を示します。右下に横島が見えます。
周りは海です。高瀬や伊倉の港に唐船が来て、商いが行われていました。

横島の横を通るので、新九郎坂の辺りが関所みたいな位置です。
※ 小代氏が直接やっていた訳では無くて、一族の中からこの様な事をする者も出ていたということです。





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最終更新日  2020.11.24 00:00:17
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