荒尾史学会のブログ

荒尾史学会のブログ

PR

×

サイド自由欄

熊本県荒尾市で地元の歴史を勉強するサークルです。
気になる情報が有りましたら、コメント下さい。
タイトルの左端の数字は、YYMMDDです。
本文最初の行の数値は、緯度経度です。Gマップで位置が判ります。

カレンダー

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04

コメント新着

名無し@ Re:200327 マップで発見!海に航空機?がとまってる!(03/27) 例の飛行機は沼島に上陸!?してるみたい…
コンデイ @ Re[1]:180516玉名・岱明・史学会活動・史跡巡り・上の六地蔵(06/28) 本田豊一郎さんへ 本田様、最初に返信が遅…
コンデイ @ Re[1]:190808熊本・熊本城内・軍旗染血之跡碑(01/03) satakeさんへ 返事が遅れました。 このコ…
本田豊一郎@ Re:180516玉名・岱明・史学会活動・史跡巡り・上の六地蔵(06/28) こんばんは はじめまして 玉名市岱明町大…
satake@ Re:190808熊本・熊本城内・軍旗染血之跡碑(01/03) 荒尾史学会様 初めまして 佐武広(廣)命…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2021.05.01
XML
テーマ: 史跡巡り(781)
野原さん近くのやけん地蔵に来ました。

  (3)やけん地蔵と宝塔   野原字注連本   (付図2-41)
 野原五ッ角から元正寺に向かう旧道左に「焼けん地蔵尊」の覆堂が建っている。その中に天保10年(1839)造立銘の遊行(ゆうぎょう)地蔵尊が安置される。かつて火魔の厄に遭ったが尊体は無事安泰であったので「焼けなかった地蔵」としてその霊験が称えられている。
 堂前に2基の宝塔(ほうとう)塔身があるが、小型の宝塔は高さ30cm、心径32cm、2段の段頸を備えた瓶形(びんがた)宝塔である。胴の正面と左右面には舟形光背(ふながたこうはい)の仏龕(ぶつがん)が造りだされ、正面には智拳印(ちけんいん)の如来が蓮花座(れんげざ)上に結脚跣座(けっかふざ)する像形を浮彫りするが、顔貌は打砕されて明瞭ではない。左右の龕内の像容も石叩きされて尊容を留めない。ただ背面には薬師如来を表わす種子(しゅじ)「バイ」が古調な のみ跡で描かれている(図版13(4))。宝塔の出所は明らかでないが鎌倉時代中期を下らぬ逸品である。
 その横にある円筒形塔身の宝塔は、高さ53cm、心径32cm、胴まわり4面に顕教四仏(けんきようよんぷつ)の種子を陰刻した室町中頃の造塔と思われる。塔身に次のような後年の追刻がある。「天保十亥正月吉日 高瀬本町萸屋栄(たばこやさかえ)」 とある。それ故、地蔵尊の造立年号と同一で この石像は蓑屋栄による奉納と推察される。高瀬地方はこの頃 寿福寺を中心に小森田氏、木村氏、線香屋駒次郎等の在俗信者による造塔、造仏が盛んに行なわれていた。註(1) 
 野原山霊験寺の住職は、寿福寺住職が兼務していたことより、高瀬在住の人々との交流が行なわれていたことは考えられよう。  註(1) 福島作蔵「高瀬町寿福寺遺物調査資料」
          「荒尾市の文化財(Ⅰ)」 荒尾市教育委員会 昭和57年 より




以下に、この説明文のQRコードを示します。(テスト的に)
スマホのカメラで読み取ってみて下さい。

このようなQRコードを現場に貼り付けておけば、訪問者がスマホで説明が読める・・ようにしたいなぁ!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.05.01 00:00:20 コメントを書く
[・荒尾の史跡(東)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: