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2021.05.04
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テーマ: 史跡巡り(781)
おほこさん石祠、塚に来ました。 32.96307, 130.47444

ただ、個人のお宅の庭の様でしたので、道路から写真1枚だけです。
(21)おほこさん  川登字梶原(付図2-37)
 川登区堀沢氏方の庭に樹木に捲われた塚状の小丘阜がある。径6mほどの円丘で、頂部には四注平入しめひらいりの石室に五輪塔空風輪を安置する。付近には火輪4基分と地・水輪各1基分がある。土中より中世期の土器片2片を採集する。
39H 川登観音堂に来ました。 32.96254, 130.47506

(27)川登観音堂  川登字中川原(付図2-39)
 菜切川に架る川登橋畔にある藁茸の小堂でなかに十一面観音菩薩の木像を安置する。


(28)中川彦太郎ひこたろう翁頌徳しょうとく碑  川登字中川原(付図2-36)
 川登中区を貫流する菜切川畔に、村民たちから「生神様」と称えられた中川彦太郎の頌徳碑が建っている。
 明治20年、釜蓋の三つの池が老朽、崩壊し、配水をめぐって村内で盗水、奪い合い等の水争いが起った。 26歳の彦太郎は以来用水係となり、池の改修、管理に当った。また明治27年、37年の旱害には、九つの水車を階段式に改良する等揚水法を講じたが、流血の惨事を起こした。忍耐強い翁は苦心の結果問題を解決した。碑文には、「立徳実行之を不朽という、翁は慶応二年十月十四日、資性温和篤実犠牲奉仕の人、夙に衆望を負いて八幡村収入役二期、富区長二十三年釜蓋、丹蔵用水係五十三年等の略歴に徹しても、社会産業の功績、真に偉大である。齢八十五歳にして尚ほ健在。茲に部落丹蔵係相謀り翁の徳を称える。」「昭和廿五年三月 建立川登中区  丹蔵係一同」とある。
 なお、碑前には、中川翁の土蔵があり、当時の土蔵造庫づくりくらの模範となる建造物である。(訳注:現在は無かった)





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最終更新日  2021.05.04 00:00:19 コメントを書く
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