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2021.05.10
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テーマ: 史跡巡り(781)
25K 北円寺跡・地神宮に来ました。

(24)北円ほくえん寺跡(きたわかさん)  川登字中牟田(付図2-25)
 早馬さん石祠の北にある丘陵一帯を今寺という。ダイモン、ジャーモンキド、破須和はすわ、
デアーンハル、キャーネ、とん辻などの小名が遺っている。
 『肥後国誌』によれば「宗旨、山号等不分明ナリ」と、また、『玉名郡誌』によれば「宗旨
興廃年月日等不祥、村ノ中央字今寺ニアリ。一堂二妙恩菩薩ヲ安置セシガ、近年破壊二及ビ、
 今寺集落の観音堂の本尊は、郡誌に誌るす妙音菩薩像は既に喪われて、後年の十一面観音で
ある。妙恩菩薩は六観音、三十三観音の中にもなく、法華経第二十四妙音菩薩品に「東方彼方
百万那由なゆ他恒沙河こうしゃがの果て、浄光荘厳じょうこうそうごん国に住んでいたが、釈尊が霊鷲山
れうしゅせんで法華経を説いた時、わざわざ来会して、衆生済度さいどのため、三十八身を現じて
活動を誓った」と説かれる。
 三十八身とは、観音の三十三身の変化に、註(1)さらに地獄、飢鬼、畜生、女人、国王の五身
にも応現することのできる有難い仏様である。この仏の像容は童手形で右手には細葉の蓮華れんげ、
左手に梵識ぽんきょうを持っているので、五名郡誌に誌るされた菩薩とは持物が異なる。註(2)
 北円寺の寺歴を明らかにする史料はないが、「今寺」の名称や、一帯の小地名などより、野
原八幡宮との関係をぬきにしては考えられない。
  註(1)(2)佐和隆研『佛像辞典』









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最終更新日  2021.05.10 00:00:22
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