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熊本県荒尾市で地元の歴史を勉強するサークルです。
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2021.05.21
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テーマ: 史跡巡り(781)
12i 善源寺跡に来ました。

(4)善源ぜんげん寺跡  菰屋字東ノ前ひがしのまえ(付図2-12)
 正円寺の南、水田中に「ぜんげじさん」「ぜんぎょうじ」と呼ばれる藪に覆われた僅かばかり
の土地がある。『肥後国誌』に「宗旨、年代は詳らかではないが、伝えるところによれば天台宗
の古刹であり、大正の兵乱で焼亡した。」と記される善源寺跡であろう。
 1a 程の土地中央にコンクリート製厨子が有り腐朽木造如来像が安置される。像高25cm、面部は
剥離し尊容は定かでなく、頭頂の肉髻にくけいが高く盛り上がる。右手施無畏印せむいいん、左手与願印
如来像の可能性がある。
 厨子堂周辺に埋没、散乱する五輪塔片があるが復元不可能と思われる。宝塔々身1基分もある。
遺物等より考えて小寺院を中心とした惣墓跡で、近世初期に寺名も消失し、小堂宇を中心にした信仰
が維持されてきたものであろう。









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最終更新日  2021.05.21 00:00:20 コメントを書く
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