荒尾史学会のブログ

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2021.08.26
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・玉名の史跡
鉄太の墓に来ました。

大倉団地の上の細い路地から畑の中にあります。




高瀬出身の木村鉄太は、若くして江戸へ出て、洋学や航海術を学んだ。万延元年(1860)、日米修好通商条約の批准書交換のため幕府がワシントンへ派遣した日本最初の外交使節団に通訳として随行した。 一行は、新見豊前守正興を正史とする総勢76名で、1月18日横浜から米艦ポーハタン号で出航、米国各地で大歓迎を受け、大統領と謁見し大任を果たした。その後一行は、米艦ナイアガラ号で大西洋を横断し、喜望峰・東南アジアを巡って9月28日帰国した。こうして木村鉄太は日本人初の世界一周を成し遂げた。 帰国後は2年足らずで病に侵され、わずか34歳の若さでこの世を去った。 彼の著書「航米記」は、詳細なスケッチを入れ、外国の風俗文化に対する素朴な感動を率直に記述してあり、最高の傑作と賞賛された。

本が出ています。お読み下さい。







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最終更新日  2021.08.26 00:00:21 コメントを書く
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