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2021.08.30
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テーマ: 史跡巡り(781)
力士の墓石 付近に来ました。

(31)金山かなやまの堂宇どうう
 金山は野原荘時代以来の古い村落で、名田屋敷の遺構が多く残っている。
 八郎丸の小名をもつ屋敷跡には土塁、空堀の痕跡を残さぬが、村本、前田、野田の7家が、
9尺2間の薬師堂(付図2-75)を護っている。堂内の薬師仏は江戸時代中期の彫作で、総高
27cm、享保2年(1717)8月8日、彩色したとされている。
 八郎丸屋敷の南、向田の水田のなかにある地蔵堂(付図2-74)は、13戸程の地蔵講衆の奉
としてあるが、この墨書の間に薄く、天保6年(1835)9月仏師金幸之進加彩色したとしてある。
 このほか、金山縫製株式会社南の大辻屋敷にも うえがた観音堂(付図2-71)があり、多量
の中世五輪塔の集積が見られ、金山地方中世名主屋敷の持払堂跡の印象がもたれる。
 金山共同墓地には力士白山弥助、文化14年(1817)10月4日の墓石(付図2-72)がある。








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最終更新日  2021.08.30 00:00:16 コメントを書く
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