荒尾史学会のブログ

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2021.09.06
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・・平山
八つどんの石祠・禁厭板碑に来ました。

毘沙門天への入り口かどに在ります。

(66)八やっどんの石祠(図版12(3))  平山字籏ヶ坂(付図2-267)
 城集落西の平坦な丘陵は大蔵と称し、中世寺院大蔵寺の跡と伝えられ、今は毘沙門天堂のみ残る。
柱、壁、入口の袖壁等を模し、別石製の寄棟四注平入よせむねしめひらいりの屋根を載せる構造である。
装飾を省くいたって質素な点を除けば妙見石厨子、住吉明神石厨子と似ている。大きさは軒幅81cm、
軸石の正面幅31cm、奥行45cm、低い基礎に載る。
 この石祠は経典奉納用の宝篋ほうきょうと推定した。
 30年程前までこの中にご神体として「八つどん」「八つの尾さん」と呼ばれる石体が1基
安置されていた。長さ37cm、中央周囲55cm、重量14.6kg、黒色紡錘ぼうすい形団塊で、
故坂本経尭氏により隕石と紹介された。その後盗難をおそれて、氏子の家々を輪番で保管され
ている。名称の起こりについて次のような伝承がある。「昔八つ(丑うし)刻に雷鳴もろとも
八つの光芒ぼうを曳いてドーンと落下したものがあった。翌朝調べてみると大穴の中に見慣れない
石が落ちていた。住民はこれを八大龍王の御神体として石祠を造り奉安した。」というのである。
 限石説もここから生じたと考えられるが、隕石かどうかの断定は化学分析の結果をまたねば
ならない。筆者は火山弾の一種と鑑定する。
  ①禁厭きんおん板碑いたび
 八つのお石殿の中には二つに折れた自然石石碑が祭祠されている。全長65cm、幅20cm、
片刃の剣状で背厚さ13cm、刃厚さ6cm。小型ではあるが内容的に珍らしい。板碑正面上方に
2ヵ所径13.5cmの円相がありその中に曼荼羅種子が描かれ、下部に「急々如律令刄」と
陰刻文がある。刻文の下部欠失が惜しい。この偈文げぶんは山伏や修験者によく使用される
護符の一種で、一般に禁厭符と呼ばれる。曼荼羅は中央カーン(不動明王)、東アーク
(不空成就)、西タラーク(宝生)、南ウーン(阿悶)、北キリーク(無量寿)と配置される
金剛界五仏曼荼羅といわれるものである。この上方の円相内に類似の曼荼羅があるが彫りが
浅く明瞭でない。
 八つのおさん信仰は遺物、伝承から、山伏を呼んで大蔵寺寺域で盛んに雨乞い祈願の修法が
行なわれた事に起因するのではなかろうか。現在、年2回程〆繩が張られ御幣があげられている。









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最終更新日  2021.09.06 00:00:18 コメントを書く
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