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2021.09.28
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・玉名の史跡
晒(さらし)船着場跡に来ました。

 菊池川右岸の最下流部に位置する晒は、その地理的特徴から寛永16年(1634年)には川口番所が置かれ、のち晒番所として鉄砲や槍等が配備されました。文化5年(1808年)には、川床が浅くなり海辺の村々から高瀬御蔵まで遡るのが困難になっていたことから、晒に御米山床が設置されました。その後、天保5年(1835年)には高瀬御蔵の支所として機能させるために逐次整備され、年貢米輸送のために平田船からより大型の上荷船へ積み替える中継地点として重要な役割を果たすようになりました。
 安政年間に作成された「菊池川全図」の晒周辺には、堤防沿いに上流から津口改小屋、ワク1基、俵ころがし2基、ワク2基が描かれ、また堤防内には俵ころがしに隣接して「晒御米山床」、下流のワク2基付近に「御番所」、「遠見」の施設が描かれています。このうち、俵ころがし2基と下流側のワク2基が残存しています。











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最終更新日  2021.09.28 00:00:17
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