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2021.11.30
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・玉名の史跡
寺田井樋の記念碑:32.9307389,130.5824167



てらだいび
伊倉塘下(現在の千田から片諏訪にかけての水田地帯)には、木葉川を堰き止め水を入れていたが、干ばつ時には、溜まり水を桶で昼夜を問わず汲み入れなければならなかった。
惣庄屋小田次左衛門・茂助父子は、農民の苦難を憂い、高瀬川(現在の菊池川)の水を木葉川に入れようと、樋(ひ)を据え井手を通すことに寝食を忘れ取り組み、宝暦14(1764)年、完成させ600町の用水を確保できた。
この碑は、彼らの偉業をたたえ、当時の苦労を後々忘れないように建てられた。
        平成16年3月  八嘉校区まちづくり委員会








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最終更新日  2021.11.30 00:00:19
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