荒尾史学会のブログ

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2022.01.23
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・大牟田の史跡
諏訪神社に来ました。

地名が諏訪町なので、この神社が守り神という事でしょう。
今も三池港が近くにあります。



  当社は、後醍醐天皇の延元2年皇紀1395年に創祀され、その由来は次の通りです。 その年の夏、長雨降りつづいて止まず洪水がでて里人は苦しんでいました。その時近くの米生川に日夜怪しい光が現れて人々は奇異に思っていましたが、ある夜、諏訪大明神が、猿渡弥三郎菅原正明という人の夢枕に立たれ「自分は今迄長田の郷にいたが心安らかでなかった。今この地を見るに東は山、西は海広く、早米の浦、大牟田の津、葛浦ヶ池など近くにあって清浄の地である。この地に鎮座したいので汝はそのようにせよ。」と云い終って消えられました。
 正明は翌朝、不思議に思い川の中の光に近づいてみると、平らな岩に一対のご神体が鎮座されています。正明は正にお告げの通りである。 自分の敷地内に急ぎ社をつくってお祀り申し上げたところ、忽ち天候は回復し、それ以来この里には大きな風水害もなく、平穏な里になりました。里人はその御神徳を讃え里の名を諏訪の里、諏訪川と改めて崇拝して来ています。なおご神体を搬して来た岩は「流れ岩」と呼ばれて当社境内に保存されてあります。
 建御名方神と申し上げるのは、海に河川が流入して出来る水潟の勇武な神との讃称で、当社に隣接してお祀りする八劔神社の素戔鳴尊の御孫神として勇武の気性をつがれているものと崇察され、病弱な方とか、子ども強くなるようにとか祈願される人が絶えません。古来より諏訪神社は風水を鎮める神として船泊・漁撈関係、特に海苔の守護神として崇められて来ています。
  そもそも神は人が敬うことでその滅を増し人は神のお加護によって願が叶うものです。当社にお加護を願う方々の参考に当社の縁起をしたため掲示いたします。









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最終更新日  2022.01.23 00:00:17 コメントを書く


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