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2022.10.16
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・・平山
薬師前藤原加賀守供養塔に来ました。

(62)薬師前藤原加賀守供養塔  平山字東山開(付図2-231) 惟富碑より更に200m登った道路脇に、木造薬師如来を安置する石厨子がある。一帯は寺名 不詳の中世寺院の跡である。ここに石憧と板碑が並んで建っていた。 石憧は、凝灰岩製、高さ148cm、幅約39cmの不定形角柱で、頂部に中台、若しくは笠石を うける枘が作られている。塔の原形が、笠塔婆か六地蔵石塔かは明らかではないが、強いて 求められると六地蔵の棹石であろう。各所に破損の跡がみられるが、銘の刻字は損傷せず、 明瞭にのこり読みとれる。 「毎日晨朝人諸定(毎日晨朝に諸の定に入り) 入諸地獄令離苦(諸の地獄に入って苦を離れ しめ、)文明十二庚/子年二月九日願主加賀守藤原忠弘 無佛世界度衆生(無仏の世界に衆生を 度し)今世後世能引等(今世後生によく引導し賜う)」 仏説延命地蔵菩薩経にもとずく有難い言葉(偈頌げしょう)である。願主は小代忠弘。忠弘は 自分のための生前の供養(逆修)を行なって、文明12年(1480)この碑をここにたてた。








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最終更新日  2022.10.16 00:00:21
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