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2026.06.03
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カテゴリ: 荒尾の城跡
宮内城(くない)


 国道208号線と県道314号線との交差点の北側一帯が六町と呼ばれ、宮内城(六町城または六反城)跡とみられており、周囲に本丸・二の丸・三の丸・馬場・大門などの地名が残っているが、遺構は残っていない。また、上記交差点の南西には天神の森がある。この城との関係は不明だが、近くの荒尾市役所の東側にある浄業寺は小代氏の菩提寺で「浄業寺古塔群」(熊本県指定重要文化財)があり、小代重政をはじめ歴代城主とその一族の墓が残っている。
なお、この城跡には遺蹟の痕跡(土塁や空堀など)は一切残っておらず、昔の姿を想起することができない。
炭鉱電車と、国道208号線により、切り開かれており、城跡は残っていない。
浄行寺など重要施設を守る重要な城だったハズなのだが。
あらお葬祭の向かい側が本丸台だったのではないかと説明された。





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最終更新日  2026.06.15 14:05:39
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