
弁慶の草履の跡があったと伝えられる「都島」
都島は40年ほど前には残っていましたが、現在は崩れてしまい、見ることができません。
代わりに、都島の近隣にある「沖の井」

都島と沖の井については、小野小町が古今和歌集で歌っています。
沖の井で 身をやくよりも 悲しきは みやこ島辺の別れなりけり
小野小町が歌った「沖の井」は多賀城市観光協会の「歌枕コース」の一つで多くのお客様が訪れています。
そして、多賀城内城(政庁)跡の馬蹄石。
くぼみの跡は義経の乗馬の蹄の跡といわれています。
写真は、震災復旧に合せて発掘調査中の政庁正殿と石敷広場

義経の馬蹄石はどれでしょうか。

最も、平治物語に記載されている「多賀の国府(こう)」は仙台市宮城野区岩切だという見方があるようですが・・・・
写真は、中世の「多賀の国府」町に置かれた留守所の候補地の一つ仙台市宮城野区岩切

この夏、多賀城を観光コースの一つに組み入れては如何ですか?
多賀城市は、奈良や九州大宰府と同じに古代史の舞台。義経伝説などの伝説も多く、歌枕の地。訪れれば、あなたの知的な満足が更に増すこと確実です。
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次回は、多賀城市のお隣、塩竈市辺を!