太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

夢前案内人6323

夢前案内人6323

Calendar

Comments

通りすがり@ Re:「片手落ち」は差別用語で不適切か?(12/26) 片手落ちという言葉が体が不自由な人に対…
美香たま@ どうせ生きるのなら 依存するものを替えてみたらいかがですか…
あだちうんこ@ Re:介護者は何のために生きるのかと問う(12/25) 老化して老化して老化して長々だらだら生…
嵯峨野の夢前案内人 @ Re:今日の言葉(08/17) ご不便をおかけしましたが、新しく解説し…
嵯峨野の夢前案内人 @ Re:今日の言葉(08/17) 新しいページを開設しました http://plaza…

Freepage List

2006.07.08
XML
カテゴリ: アラカルト
「無常」「如幻」「三世不可得」の三つの観が、人間の執着を打ち破る一番確実な方法で、これを極めれば「日々是好日」を味わい楽しめる、と清水寺の森清範貫主は言われました。

「無常」観とは、方丈記ではないが「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず」で、悲しみも喜びも、苦しみも楽しみも、お金の有る無しも、幸せも不幸せも、時々刻々変化して瞬間も止まることなく彼方へと流れていく世の儚さを達観することです。

「如幻」観とは、秀吉の辞世の句「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪華の事も夢のまた夢」ではないが、人間の一生は夢、幻のごとしと悟ることです。

「三世不可得」観とは、「今」という一瞬が昨日となり明日となるのであって、昨日も今日も明日も一体であり、白隠禅師の師正受老師が「一大事と申すは今日只今の心なり。それを疎かにして翌日あることなし」と言ったように、今という一瞬を大切に生きる心です。

人間の一生なんて、儚い幻のようなものです。
その儚い一生を、お金や地位、名誉にこだわってあくせく生きるのは愚かなことに見えてきます。
この三つを体得したら、いま現在の苦労も幸せも、金持ちも貧乏も、いつかは流れ流れて変化していくものだとわかり、すべて小さなことのように思えてくるはずです。

◆作家の井上靖さんは、「幸福は求めない方がいい。求めない眼、求めない心、求めない体、求めない日々に人間の幸福はある」と言われました。

何かを求めようとすると、それにとらわれ、それが得られないと不満を持ちます。

今日一日を精一杯生きよう、「現在只今」目の前のことに一生懸命に取り組もう。
そう思えば、おのずと充実した日々になるはずです。

法句経にも、こんな言葉があります。
「諸法を心に支配され、心を主とし、心よりなる。人もし汚れたる心を持って、あるいは語り、あるいは行なわば、苦の彼に従うこと、車輪が牛馬の足に従うごとし。人もし浄き心を持って、あるいは語り、あるいは行なわば、楽の彼に従うこと、影の形に従いて離れざるがごとし」

南無の会の無能唱元さんは、「汚れた心」とは現在に満足せず現在を憎む心、「浄き心」とは現在に感謝する心だと言います。
現在に感謝し好意を持っていれば、未来も好意をもって報い、幸福となってあなたに返ってくるはずです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.07.08 04:50:10
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: