太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2009.05.17
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カテゴリ: アラカルト
ソフト化時代の幸せ

日本の戦後は、衣食住などすべての面で「アメリカに追いつけ、追い越せ」をスローガンに、ひたすら物作りに励み、それを大量消費してきた。
確かに、物があふれるようになった。
では、それで幸せがつかめたかというと、決してそうではないはずである。
昔に比べれば、生活は格段に豊かで便利になったにもかかわらず、「ありがたい」という気持ちも起こらず、心安らかな日々を送ることも少ない。
結局、物に執着している限り幸せにはなれないということである。

なぜ、私たちは、こんなにも物に執着するようになってしまったのだろうか?
一つは、戦争による欠乏感の反動があると思う。その欠乏かを埋めるために、人を押しのけてでもとまっしぐらに突っ走っている間に、人間関係も希薄にやってしまった。
そこで、ますます心の欠乏感を物や金で埋めようとしたのではないだろうか?


物やお金に幸せを求める時代は、目標が明確なうえに、それを達成する方法も簡単である。
戦後の高度成長のように、汗水垂らして一生懸命に働けばいい。
だが買いたいものがないというほどに物が充足し、
食うには困らない小金持ちになった後の幸せを何に求めるかは難しい。

『日はまた沈む』の著者ビル・エモットは、「日本人は富の蓄積よりも、富を何に使うかの方が難しいいうことを知らない」と言っているか、まことに的を得た指摘であると思う。
日本は80年代の前半に多くの人が夢みたアメリカンスタイルの生活を実現したところで、ポスト工業化社会に入るべきだったの、富の使い方を知らず、もっと儲けようの一点張りでバブル経済へと突っ走った。
そして、一時的に世界一の金満国になったが、その富みを高齢化社会に備えることも、次時代への蓄えに回すこともなく大散財してしまった。
今更いくらそのことを言っても始まらないが、大切なことは「しまった」と思ったら、そこで目覚めて今一度「幸せとは何か」を真剣に考え直すことであると思う。





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Last updated  2009.05.17 07:33:41
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