太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2015.02.24
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三つ目はもの惜しみする心です

自分の幸福が他人に行き渡るのをものすごくいやがる性格で、単なる「ケチ」とも言いにくいのですが、いわゆる「ケチ」な考え方です。

子供でも、自分の本を兄弟が触ると怒る。自分のベッドに兄弟が乗ると怒る。
「これは、ぼくのベッドじゃないか」、「私の部屋に入らないで」などと、いちいち喧嘩したりする。
このような場合、自分の持っている色々なものを、他の人々と共有するのが嫌なのです。
いわゆるケチなのです。

我々は、一体なんのために「人生を成功させて幸せになろう」と思うのでしょうか?
成功して社会からバカにされるなら、例えば「あなたはすごく金持ちだからあっちへ行け、こっちには来るな」と追い払われるなら、誰がいったい金持ちになりたいと思うでしょうか?

お金が沢山あると、みんなによく思われ、結婚式や色々なところで認められて、歓迎されて、ときには仲人なども頼まれて・・・、それで幸福を感じるのです。


「認められたい」は子供から大人まで人間の願望で、社会に認めてもらうこと、社会に見放されないことも人間の幸福の一つなのです。
ですから、皆と分かち合い、共有することです。
自分の持っているものや才能というものは、皆と共有することです。

例えば、英語がとてもしっかりできるというなら、英語の必要な人に役に立つようにしてあげるというようなことです。
外国人が来て、自分の友達と大切な話をしなければならない。
友人にとっては大きな仕事となるかもしれない商談だが、彼は全然英語が分からないとします。
それで「ちょっと通訳してもらえませんか」と友達に頼まれたら、「えっ、私はとても苦労して、何年も寝ないで勉強して、大金をかけて勉強してきたのに、何のために、全然勉強してこなかったこの友人のために通訳しなければならないのか」と思ってしまう。
そんなことはバカバカしい考えなのです。
自分ひとりで頑張って、英語の知識は得たかも知れないが、友達に通訳してあげ、友達がうまくいって幸福になり、そこでやっと幸福を感じるのというのが当り前なのです。

そのように、「自分のものは皆のもの。社会のためにあるものだ」という気持で生きることです。
皆と幸福を分かち合って生活する、それが幸福の道になるのです。





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Last updated  2015.02.24 05:58:46
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