2021.09.17
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カテゴリ: マンション騒音

日本人は靴脱ぎの文化。世界を見渡せば非常に稀な文化、アジア圏ではタイやインドも靴を脱ぐ文化だし、アラブ圏でも靴底は不浄のものなので靴を脱ぐ文化になります。

1868 年の明治維新以降日本は西洋列強に追いつき追い越せと近代化を目指します。それは住宅様式・生活様式も同様で、いかに西洋諸国に恥ずかしくないスタイルを確立するかがテーマとなりました。

日本における住宅は、元々武家住宅を踏襲したもの。それは、儒教に基づいた目上の人を敬う文化。そのため、家長を中心につくられ、接客のための部屋がもっとも重要な空間として位置づけられました。部屋の間取りも当然南側、逆に家族の過ごす空間は悪条件されがちでした。

また、近代化を目指す中で西洋式住宅への模倣論あれこれが語られるようになります。

例えば、従来の接客空間優先への批判や床の間廃止論などです。

こうして西洋住宅に啓発され、西洋住宅を模範とする在り方が生まれていきました。

やがて明治末頃から住宅での儀式も減ったことから、武家屋敷の流れを継いだ儀式本位から家族本位の考え方が広まります。かつて封建的な家長制度のもと主人が無限の権限を持ち目を光らせやすいような形式、襖を開け放つことで見渡しのよい空間となっていましたが、次第に個を重視しプライベートを守る設計へと変化していきます。

次第に茶の間=家族が一緒にくつろいで過ごす場所、それぞれの個室となっていきます。

明治から大正にかけては和洋折衷ということで畳の部屋に椅子が持ち込まれ、坐式の不合理性が説かれ常識化していきました。ちゃぶ台はテーブルへと変わっていきます。

居間(リビング)が住宅の中心に据えられ、そこから各個室が繫がる居間中心型と呼ばれる住宅形式へと進化していきます。

大正も中頃から末期頃になると、和洋折衷から和洋融合を目指した様式への進化が期待されました、その一方で、従来の坐式を懐かしむ論も語られるようになります。

昭和の初め頃にはすっかり家族本位制が定着し、かつて目標としていた合理性を追究した西洋式住宅への批判が語られるようになりました。

曰く、実利一辺倒でゆとりが感じられない、人は訪ねてこなくてもよい、来客は玄関で追い払えばよい、耐震・耐火優先で趣味がない、など。

しかしながら、すべての家が家族本位といえばそうではなく、まだまだその内実は封建的な家父長制度は温存される状態にありました。

転機は第二次世界大戦後にきます。 GHQ 主導で民主的な人権を尊重するという社会変革に対応して、 450 万戸の住宅不足をきっかけに、今までの様式を改める絶好の機会が訪れます。

それに従い、板張りの洋室は応接間だけでなくこの居間にも広がっていきました。板敷きの洋室は、日本人にとって、伝統的な住宅を近代化するために必要とされたしつらえであります。

戦後、板敷きと畳敷きの比率は逆転し、公営住宅では寝食分離、就寝分離がテーマとなり 2DK の間取りが中心となります。DKという台所と食堂が合体した部屋にテーブルと椅子が置かれました。その過程は、テーブルの普及とともにあったといってよいでしょう。そもそも台所は格式の低い空間であり主人は立ち入るべきではないとされていました。男女平等の建築表現として効率的に食事室として一体化することでダイニングキッチンとなったのです。当初は椅子式への根強い抵抗があり、その設計の意図通りに使われなかったこともあるようですが、次第に社会に浸透されました。

そして、畳の部屋にはなかったタンス、食器棚、本棚など様々な家具を生活に取り入れるようになっていきました。住宅の洋室化が浸透していき、板張りの需要も増加します。

1955 年に木材資源利用合理化方策を打ち出します。森林の過伐傾向が国土の保全を危うくすると同時に木材資源の枯渇を招くとして危惧されます。公共建築物は率先して耐火建築の普及奨励を推進、用途規模により建築物の木造禁止の範囲を拡大する方針が出されました。その方策の最初に掲げられたのが、木材代替資源の使用普及の促進です。また、木材資源の確保のために、外材も積極的に使われるようになっていきました。こうした中で、建材としての木材も、表面にプリントや塗装で加工をし、従来の銘木の木目などを再現したプリント化粧合板などが登場していきます。

1950 年代より、床材の素材は木質だけでなく、他にも安価で施工が容易なビニル系タイルやビニル床シートなども積極的に使われるようになり、日本における洋室は、必ずしも板張りの床ではなくなっていきました。

1964 年東京オリンピックが開催され、 TV が急速に普及すると、居間への要求はさらに高まり LDK タイプの間取りが登場します。この居間という言葉も時代で意味が変化しています。明治中頃では、主人の居間、主婦の居間ということでそれぞれ特定の人物が生活する空間でありましたが、だんらんの空間として用いられるようになりました。

1980 年代中頃になると、木質系の床材が再び主流になっていくのですが、それは、日本人の住空間に対する捉え方に変化が表れた結果でもありました。経済発展による生活の豊かさをようやく実感できるようになってくると、生活空間にも豊かさを求める志向が強まっていきます。中でも木質系の床材は、日本独自の呼称として「フローリング」と呼ばれます。

集合住宅全盛期、西洋的なマンションライフの礼賛の 80 年代に建材メーカーは合板遮音フローリングを生み出します。ここ数十年、技術的にはほとんど変わっていません。

90 年代前後は裕福な暮らしの象徴としてカーペットが使われるようになります。表面が柔らかいため、軽量衝撃音の軽減には効果抜群でありました。






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Last updated  2023.01.08 22:15:19
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