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今日、イラクのアメリカ軍はは何をしていたのだろう。
自爆テロのニュースは流れるが、もう一方の、アメリカ軍のことは
よほどのことがない限り、ニュースには流れない。
9・11…
あの時、息子、娘、親や友人を殺され、アメリカ軍に報復を願った人たちに
ある変化が訪れているという。
血で血を洗う、目には目を、の精神の先に見えてきたものはなんなのだろう。
私はあの事件で知り合いも誰も亡くしてはいない。
だからというわけではないが、大事な人を失った人の苦しみややるせなさは、
想像しても仕切れないものがある。
だが、大事な人を失った人同士でも、あの時と全く同じ苦しみや感情が
今も続いてあるわけではない。
その人その人違う思いに変わってくるのは自然の流れのように思われる。
殺されたことに対する悔しさや亡くなってしまったことに
対する悲しみがなくなったわけではないと思う。
ただ、あまりにも長引くこの状況に何の意味があるのかを、
改めて自分自身に問いかけだしている。
自分が本当に願ったことは報復だったのだろうか?
そのときは怒りと恐怖でこころが曇っていたのではないか?
でも、今更意見を変えるなんて都合がよすぎるし、
裏切り行為になる…
報復を願った人たちの間で葛藤が広がっている…
人が死んで、殺されて、悲しくないわけはない。
悔しいし、理不尽だし、出来ることなら自分が相手を殺したいと思うかもしれない。
でもだからと言って、仕返しをすれば気が晴れるのだろうか…
死んでしまった人は返ってこないばかりか、
余計悲しみを上塗りしていくかもしれない。
どこで気持ちの折り返しをつけたらいいのだろう。
運命を受け入れるなんて教科書のような言葉ではなく、
生身の人になんと言ったらいいのだろう…
せめてもの言葉は、あの時はそう思うしかなかったのよね、という言葉かもしれない。
そう、人を憎んでも、嫌っても、殺したいと思っても、
そのときはそう思ったのだから仕方のないこと。
そう思ったのに、思わなかったことにして、自分を誤魔化して、人のせいにして、
その気持ちをこころに沈殿させていく方が後でよっぽど大変なことになる。
だって、そう思ちゃったんだから。それでいいじゃない。
そんな自分でもいいじゃない。反省することはないと思う。
そのときの自分と今の自分は違うもの。
完璧な人なんて誰もいない。
みんな何かしらこころに闇を抱えている(と思う)。
そのほうが人間らしくて、私は面白いと思う。
不完全だから、人と関わり合って、自分で自分を確認しながら生きていくのだと思う。
過去は過去として持っていてもいいけれど、
その過去に囚われすぎずに、現在形をちゃんと生きなきゃね。
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