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そう、書けなかったのではなく、書かなかった…
とっても無理をすれば、出来ないことではなかっただろうが、そういう蓄積される疲れに弱いことは自分で一番よく分かっている。
割と、何でもきちんとしたくなってしまうという完璧主義な面があるので、毎日書いていた日記を休むことは、私の取っては勇気のいることでもある。
以前は、一回出来なくなるという事実から、自尊心の欠如に繋がり、自己評価が低くなっていた。
きちんとできないなら、上手く出来ないのならやらない方がよいという思考回路だった。
それが変わっていったのは、「がんばる」という言葉のおかげかもしれない。
確か、朝日新聞の天声人語だったと思うが、阪神淡路大震災で被害に遭われた方の話に触れてあった。
「みんな頑張れ、頑張れって気安く言うけれど、あたしらこんなに頑張ってる。
これ以上どこをどう頑張れっていうんだ。頑張ってもこの程度なんだ。
みんなここにいないからそういうことが言える。無責任だ。」
という感じのことだったと記憶しているが、こんなにきつくない言い回しだったかもしれない。
小さい頃から「頑張れ」には抵抗があった。
私は私なりに頑張っているのに、それを認めてか認めずにか、さらにその上を期待してもっと頑張れという教師たち…
無意識に挨拶代わりに使う人たち…
でも、自分もその中に染まっていたから無意識に使ってしまっていた気持ち悪さ。
もともと「頑張る」は、「我に張る」からきており、頑固とか融通がきかないとかという言葉に近い、あまりいい意味ではなかった。
それが、途中の困難にめげず最後までやり通す、という肯定的な言葉に変化してきた。
「頑張りスト」という言葉も出来たほどだから、日本人は「頑張る」のが好きな人が多いのであろう。
そういう人はどんどん頑張って貰いたい。
そうすることで、パワーを得たり、向上心をもてたりするのだろうから…
でも、私はあまり頑張らないことを目標にしている。
いや、ほどほどに「がんばる」ことを目標にしているというほうが近いかも。
私のように、ただでさえやり過ぎてしまう人にとって、頑張ることはどんどん自分らしさを失うこと…
出来ることと出来ないことのバランスが悪くなってしまう。
気がついたときには、燃え尽き症候群に片足が入りそうになっていた。
きっとこういうふうに鬱病になっていく人も多いのだろう…
私が私でいるために、その言葉はなるべく使わない。
どうしてものときは、平仮名の「がんばる」を使うことにしている。
そしてこれは、先の天声人語を読んでから意識して変えたことでもある。
そうすると、自分に言わないばかりか、人にも言わなくなってきた。
自分は勿論、人にも過度な期待を押し付けないということになるらしい。
だからといって腑抜けになるわけではなく、ただ肩の力が少し抜ける感じになるようだ。
そういうのってなかなか、いい。
きっと、口をギュ~と結んでる時間が減ってくるから…
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