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「あるがまま」と「わがまま」の違いは? と言いだす人がいた。
その人は、本来なら許可が下りないのだが一日体験で来た人だった。
まだ若い人だったが、いろいろと勉強をしているように見えた。
その人が「あるがまま」と「わがまま」の違いについて何を言ったかは
忘れてしまったのだが、その日だけで次回来なかったのがとても気になった。
その時の私の答えは、
「あるがまま」は自分でしたいようにやりたいように動いている様で、
「わがまま」は、自分でやりたいようにやっていることが、
他人に迷惑を掛ける時の様…という感じだったと思う。
その人が次回来なかったことも相まって、なんかすっきりしない感じが残っていた。
しばらく、その2つの言葉を見つめることになった。
カウンセリングでは「あるがまま」という言葉がよく出てくる。
その意味は、ロジャーズ派やゲシュタルト療法、森田療法などで違った意味を持つ。
私はロジャーズを学んでいるのだが、
そこでいう「あるがまま」とは、『その人本来の姿』、ということになる。
世間の常識や教育観、宗教観、信念・概念・思い込みの類、
防衛や不信、依存、損得勘定などで仮面をかぶる前の真の自己。
『純粋で無垢な自分自身』=「あるがまま」の姿ということになる。
ところが、何年も生きてくるうちに
いろいろな仮面をかぶらされたり、かぶったり、知らないうちにかぶっていたりと、
自分の仮面に気づくこともなかなかできなかったりする。
だから自分の中でも「あるがまま」と「わがまま」が混同していく。
例えば、女子サッカーの荒川選手。
小さい頃から男の子に混ざってサッカーをしていた。
これをそのまま見れば「あるがまま」となる。
だけど、女の子は女の子らしくという概念のある人からは、
彼女の振る舞いは「わがまま」に映るのかもしれない。
「あるがまま」とは、自分のこころを基準にして自分がしたいようにする行為や、
その行為を何の偏見もなくそのまま受け止めてくれる人に見える振る舞いのこと。
反対に「わがまま」とは、自分のする行為に他人の目を意識した時や、
その行為を偏見を持って受け止める他人から見た振る舞いのことになる。
端的に言えば、自分が純粋なこころでやることはすべて
「あるがまま」ということになる。
「わがまま」とは他人から見た評価なのだと思う。
「自分勝手」という言葉もあるけれど、自分の勝手は当たり前のこと。
他人を支配したり、管理したり、自分の思うように動かしたいと思うから、
「自分勝手な人」という言葉が出てくるのだと思う。
そして、「自分勝手」と思われたくないと思うのはなぜだろう。
嫌われたくない… 疎外感を味わいたくない… 対立、孤立したくない…
では、すでにそう思われてしまった人はどうしよう。。。
なるようにしかならないのでしょうね。
私にはすでにそう思ってしまった人のこころを変える力はないのだから。
「わがまま」… 「我儘」とも「我がまま」とも書けますね。
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