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人に対して「わがまま」とか「自分勝手」とかって言う人って、
自分の中にも必ずそういう要素、「わがまま」とか「自分勝手」を持っている。
持っているから、人のやっていることを見て、
「わがまま」とか「自分勝手」とかの判断や評価、分類ができるのである。
「優しい」とか「冷たい」とか、「厳しい」とか「甘い」とか、
「いい」とか「悪い」とか、「できる」とか「できない」とか、「きれい」とか…
上げればキリがないくらい、自分の中に価値判断を持っている。
でもそれは、あくまで自己中心的な価値判断であって、
誰もが自分と同じ価値判断を持つことはありえない。
だから、自分の価値判断に相手を合わせようとするから、
相手を押し込もうとするから、腹が立つのである。
そして損をするのは自分だ。
文句を言われたほうより言ったほうが後味の悪い、嫌な気分が残るだろう。
なるべく大きな価値判断の器にしておきたい。
ユングも言っている。
『ある人に合う靴も別の人には窮屈である。
あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない』
ところで、赤ちゃんは親が教えるまで「痛い」とはどういうことか知らないという。
何かにぶつかった自分を見て、親が「あ~痛かったね。可愛そうにね。」と言いながら
困ったような泣き出しそうな表情をして始めて、「何かあったんだ」と感じ、
親の顔を真似して、感情が伝達され泣くそうだ。
それまでは「痛い」という感情は持っていなかったのだが、経験を通して身につけていく。
私の姪がまだよちよち歩きのころ、転ぶと心配して
「大丈夫? どこ痛い?」と聞いてしまうと、すぐにビーと泣き出すことがあった。
そんなに打ったわけでもないのにな~と思いながら様子を見ていると、
周りの声の調子や様子に敏感なのが分かる。
転んでもこちらがニコニコしていれば、打った痛みよりも
嬉しさのほうが勝つみたいで、また立ち上がって歩き出す。
なんともプラス思考の生き物である。
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