Freepage List
やっと、「解夏」の意味を知る。
TV用の放送のときはその意味には露ほど触れず、気にはなっていたもののそのままにしておいたのだ。
広辞苑で調べれば済むのだけれど…ね。
必要なときに必要なものを必要な分だけ…ということなんだろうな。fu~、すっきり…
仏教用語のひとつである【解夏】は、夏解(げあき)と同じ意味。
夏安居(げあんご)という夏の修行が終わる最終の日のことをいう。
ちなみに開始日は結夏(けっか・けつげ・けちげ)という。
あんご【安居】とは、
僧が一定期間外出しないで、一室にこもって修行すること。
普通陰暦四月十六日に始まり七月十五日に終わる。
雨安居(うあんご)・夏行(げぎょう)・夏籠(げごもり)などともいう。
禅宗では冬にも安居がある。→冬安居(とうあんご)
確か、坂口安吾の「安吾」もここから取っていたような気がするけど…うろ覚えで、ごめんなさいですが。
何故この期間に外出しない修行するかというと、インドではこの期間は小さな生き物…植物や虫たちがたくさん生まれる期間だから、うっかり踏み潰しては大変! ということらしい。
だんだんと失明していく病気、ベーチェット病に侵された主人公が、仕事、恋人、将来への不安と葛藤しながら自己を模索する。
初めて会った老人(宗教家)の穏やかさに病気の進行を語り、「それ、行ですな。失明する日があなたの解夏ですな。」という言葉をいただく。
階段の多い、長崎の風景が心地よい。教会の鐘とお寺の鐘が一緒に鳴り渡る港町。一度、生で聞いてみたいと思った。
物足りない部分はあるが、丁寧に描かれている、いい作品だと思う。
失明すると真っ暗闇が待っているのだと思っていた。
でも、違うらしい。
柄本明扮するベーチェット病発症者が言う。
「失明すると暗闇になるのではなく、乳白色の霞がかかったような感じ。今までは暗闇という光を見ていたんだと思うな~」と。
とても印象的な台詞だった。
光があるから、影ができ、影が見える。影があるから、輪郭ができ、光に気付く。欲が出て、手に取りたいと思う。
一つの行が終わると、次の行が控えている。今までそれは影の中にいたから、その存在に気付かなかっただけ。いつもそこにあったのに、見えなかっただけ。
何も修行の話とは限らない。
光と影を分けたいのは人。その方が楽で簡単だから。
ふいに、網膜剥離を患ったのに、しばらく手術しないでいた樹木希林のコメントを思い出した。
「世の中見えすぎてしまうから、片目くらいで丁度いいのよ」
長崎の子どもの「方言遊び歌」が気に入ったので、載せておこ♪
でんでらりゅうば でてくるばってん
でんでられんけん で~てこんけん
こんこられんけん こられられんけん こ~んこん
(出て行けるなら 出て行きたいが、
出てこないのは 出てきたくても
出てこられないんだ)
PR
Keyword Search
Calendar
Comments