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私はどうやら第一印象を覆すヤツらしい。
勝手に判断して決め付ける相手側も相手側だと思うのだけれど、誤解され、なかなか理解されにくいタイプだ。
まぁ、損なタイプとも言われる。どちらでもいいけれど。
理解しようとするから理解できないのさ~
自分の物差しで人を測りきることはできないのだ。
人間というものはそもそも、いろいろな面のある複雑怪奇な生き物なのであるから。
第一印象で受ける部分も、それと正反対の部分も、私の中には内在しているのさ。
去年1年、カウンセリングの勉強を通じて知り合った人から「変わった」と言われることが何度かあった。
そのころは、「変わらないといけない」と思っていたはずなのに、「変わった」と言われることにすごく抵抗があった。
変わらないと自分はダメなんだ、ということに繋がっていたからだと思う。
それに、自分の中では全く変わっていないから。
今年も「変わった」と言ってくれる人がいるけれど、私は相変わらずで、その証拠に普段接している人からはそんな言葉は言われない。
そう。「変わった」ように見えるのはお互い様なのだ。
前回よりもお互いがより自然に出会え、好奇心を持ち、理解を深めようと思うから、変わったように見えるだけ。
慣れていなかったことへの恐れが薄れ、余裕が出来てくるから。
人の本質がちょろと勉強したくらいで変えられるものなら、この世から戦争はすぐになくなるだろう。
そういうことではなく、要は変わる必要はないということなのだ。
自分で把握している自分像も、人に思われている自分像も、全く正反対の自分像も、全て自分の中にあるものなのだ。
ただ、ときとして表に出てくるものが限られているだけなのだ。。
だから、表にいつも出ているものだけが自分の本質だと思い込んでしまうけれど、内にはいろいろな自分が潜んでいるのだ。
潜んでいる自分は、意外にも嫌いな人が反面教師として教えてくれたりする。
これが結構、きつかったり、嬉しかったりする。
そういう潜んでいる自分もちゃんと居たんだと、自分で認めてあげるものが増えていくと、とても自由に深くなれる。
生きている限り矛盾は決して無くならない。
疑問を突き詰めていけばいくほど、自分に返ってきて自分の首を絞めることになる。
学んでも学んでも、考えても考えても答えの出ない修羅を越えて、今ひとたび少しだけ自由になる。
その繰り返しで深い自分になれればいいと、そうやって歩いていくのだと思う。
その先には本当の自分らしさ…genuine…に行き着けるのかもしれないね。きっと。
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