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柳田デン本人から発信ダアッ@ Re[8]:ふしぎな出来事(06/29) 本当に世の中にはわからず屋多いなあ …
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February 14, 2007
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カテゴリ: 映画
下の子と、映画「それでもぼくはやっていない」を見てきました。


検察側と弁護側がなにやら難しい言葉を使い、裁判のシステムに沿ってやりとりをしていく様子は、普段自分たちには関係なく、知ることのない別世界でした。
恐ろしいのは、わけのわからないままにどんどん自分が犯人にされていくということです。映画の中で、最初の段階から警察の人は頭ごなしに自白を要求します。
主人公がどんなに自分じゃないと言い張っても、はっきりするまでは留置場に入れられてしまうのです。無実の人にとって、本当に罪を犯している犯罪者たちといっしょに手錠をかけられたり、どなられながら行動したりするのは、とても恐ろしいことだと思います。「なんでこんな所に」って思いますよね。

そして取調べがあるたびに、「早く自白しろ」、「本当はこうだろう」と言われ続け、「罪を認めた方がすぐ帰れるぞ」とそそのかされる。

そこでがんばって裁判になれば、さらに留置場で拘束される。
主人公も保釈金を200万円も払わなければ、逃げるつもりがなくても家に帰れないのです。

裁判は裁判で、警察は自分たちに都合の悪い発言は調書に取らなかったり、証拠を出してこなかったりします。やっていないことを証明するのは、とても難しいのだそうです。はっきり言って、裁判所は正義の味方になるわけではないのです。あくまでも裁判のやりとりから判断するだけなのです。


映画では被告側の視点で見ているので、なんて強引な持って行き方だと腹立たしいのですが、実際の社会で、おとなしそうな中学生が、泣きながら「この人が痴漢をしました。」と訴えたら、なんて卑劣なことをと思ってしまうのは確かです。

裁判の判決を下すのは所詮裁判官です。裁判官によってずいぶん判決が変わるだろうなあということがわかりました。
今後日本でも裁判員制度が始まり、一般の私たちも裁判に参加する可能性が出てきました。そのとき、目の前で繰り広げられるやりとりだけで結論を出すことになるわけです。そのやりとりも一種のかけひきと演出があることを知りました。
そうした場面で、人の人生をも左右する結論に関与する難しさと恐ろしさを感じました。





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Last updated  February 15, 2007 12:26:05 AM
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